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2009-11-11

莫令傷心神

まずはタイトルについての話からしてみたいと思います。

「莫令傷心神(わがたましいをいたましむることなかれ)」

ご存知の方も多いかとは思いますが、『六根清浄の大祓』の一節です。

人は則ち天下の神物なり(ひとはすなわちあめがしたのみたまものなり)
須らく静謐を掌るべし(すべからくしずめしずまることをつかさどるべし)
心は則ち神明の本主たり(こころはすなわちかみとかみとのもとのあるじたり)
莫令傷心神(わがたましいをいたましむることなかれ)

実に奥深い内容です。

※なお、リンク先(筆者のサイト)では「心神を傷ましむること莫れ」と書き下していますが、これは「心神」を「わがたましい(リンク先では「あがたましひ」、意味は同じ)」などという特殊な読ませ方をするので、元の形のままでは、ルビを振っても意味が通じないんじゃないだろうかと考えたためです。

最近、人気を集めているこの六根清浄の大祓ですが、その一番の眼目が、この「莫令傷心神(心神を傷ましむること莫れ=我が魂を傷ましむることなかれ)」だと思います。のみならず、誤解を恐れずに言えば、少なくとも我々一般人が生きていく上において、あらゆる宗教の説くところは、表現の違いはあれ「莫令傷心神」、自分の魂(あるいは心)を傷つけてはいけないということに帰結するといっていいでしょう。

ですから、この「莫令傷心神(自分の魂を傷つけてはいけない)」ということがよくよく得心できれば、いかなる宗教でも(よほど破壊的な教義を持つところは別として)自分の人生に活かすことができますし、逆に、反社会的カルトの問題をはじめ、宗教で身を誤ったり、苦しんだりすることも避けられます。

では、魂や心は何によって傷つけられるのでしょうか。

一つには、マイナスの行為・言葉・思い、いわゆる仏教でいう悪しき身口意の三業によって傷つけるということがあります。ですから、人を傷つければ、自分の心が汚れ、魂が傷つけられるわけです。

もう一つは広い意味でのストレスです。特に、自分を責めたり、後悔したりなどという、自分で自分を不必要に傷つけている人が多いものです。取り越し苦労もそうです。

従来、宗教の世界においては、戒律や修行といった形で、前者のほうが重要視されてきました。

後者については、かえって宗教や信仰がマイナスに作用していることが多いように思われます。真面目な人が、教えの故に必要以上に自分を責めたり、よけいな苦しみを背負い込んでいる姿を見ると、残念でなりません。

ただし、宗教の側から擁護しておけば、たいていの場合は教えそのものに問題があるのではなく、それを用いる人間のほうが、自分の思惑や欲求を果たそうとしていたりする、あるいは意味がわかっていない場合が大半です。

宗教とは「自分の魂を傷つけてはいけない」という観点から教えを学んでみれば、まっとうな宗教にはきちんと「自分の魂を傷つけない、不要なストレスの原因を作らない」という内容が含まれていることがわかります。

そういうわけで、「莫令傷心神」という観点から宗教やら心の問題やら幸福といったことについて考えてみたいというのが当ブログを開設する趣旨であり、この言葉をタイトルに選んだ理由です。

宜しくおつきあいください。
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theme : 宗教
genre : 学問・文化・芸術

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ブログ開設おめでとうございます!

「莫令傷心神」という言葉がとても温かく感じられました~。

宗教本来の素晴らしさを伝えられる発信地になるのではと期待しております。

時事ネタもとても興味深く勉強になります!

ありがとうございます

> しーさー様

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古今宗教研究所のブログです。

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