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2010-03-04

変性女子はニセモノか?(3)

『霊界物語』第13巻「信天翁(あほうどり)(三)」の最後の部分を根拠として、王仁三郎聖師は偽物の救世主だとする説について、それは全体の文脈を無視して一部を切り取ったことによる誤解であり、また、大本の歴史と当時の状況をきちんと踏まえれば、問題の箇所を見ただけでも王仁三郎が自ら偽物と告白した内容でもないし、本物の救世主を予言した内容でもないことがわかるということを考えてきました。

前回は問題の『霊界物語』第13巻が刊行された当時の反王仁三郎勢力について整理しましたので、その上で、今回は実際に「信天翁(三)」を見ていきたいと思います。

長いので要約しようかと思いましたが、現物を見たほうが雰囲気や内容がよくわかりますし、七五調の歌なので、調子を合わせるために言葉が省略されていることもあって要約しづらいので、原文そのままを掲載し、説明を加えたいと思います(時間がないので要約の手間を稼ぎ、ついでに分量を稼ぐつもりではないかとの説もあり)

原文は、問題の箇所を除いて王仁三郎ドット・ジェイピー霊界物語ネットを活用させていただきます。

ただし、ルビについては王仁三郎による厳密な指示があり、本来はその指示に従うべきなのですが(霊界物語オンラインは、その指示に従っています)、ここでは読みやすさを優先し、現代仮名遣いに改めます。本来の形をご覧になりたい場合は、霊界物語オンラインを参照してください。

信天翁(三)

神がおもてに現はれて
善神邪神を立別(たてわ)ける
この世を造りし神直日(かむなほひ)
心も広き大直日(おほなほひ)
ただ何事も人の世は
直日(なほひ)に見直せ聞き直せ
世の過失(あやまち)は詔(の)り直す
(わが)神国(かみくに)の御教(みおしえ)
顕幽神(けんゆうしん)の三界の
過去と未来と現在に
一貫したる真象を
うまらに具(つば)らに説き明かす
三五教(あなないきょう)の御(お)ン教(おしえ)
神の御言(みこと)をかしこみて
朝な夕なに述べて行く
清き霊界物語
種々(いろいろ)雑多と批難して
智者や学者と自認せる
或種(あるしゅ)の人は口々に
山子(やまこ)上手の瑞月(ずいげつ)(※瑞月=王仁三郎のこと)
百科全書を読破して
それを種とし神言(かみごと)
偽り作りしものなりと
中傷するこそ賤(いや)らしき
心ねぢけし人々の
如何(いか)でか尊き大神の
神慮(しんりょ)を悟り得らるべき
慢神(まんしん)するも程がある
百科全書を抜いたとは
どこを押したらソンナこと
言はれるだろか世の人を
盲者(めくら)にしたる曲つ神(まがつかみ)
呆れて物が言はれない
たとへ霊界物語
神の作りしもので無く
この瑞月が頭から
ひねり出したり百科全書
暗記して居て諄々(じゅんじゅん)
述べたとすれば神よりも
この瑞月は偉いだろ
釈迦も孔子も基督(キリスト)
そのほか諸々(もも)の宗祖等(しゅうそら)
成し遂げ得ざりし大著述
一千二百五十頁(ページ)
(わづか)三日に述べ終る
この速力が如何にして
古今の著者に出来ようか
解らないにも程がある


いったんここで区切ります。

冒頭は、基本宣伝歌第三章を踏まえ、霊界物語が、地上界から神界、過去・現在・未来に一貫する真理を詳しく解き明かした神の御言であることを宣言しています。

そして、それにも関わらず智者や学者と自認する人たちが、それは王仁三郎が百科全書(いろいろな書物ということでしょう)から抜き出した知識を元に作ったものであって、神示・神言などではないと中傷していることに対して、そういう心のねじけた人たちに尊き大神の神慮をわかるはずがない、慢心するにもほどがあると批判しています。

1,250ページを3日で口述し終えるというようなことは、釈迦や孔子やイエス・キリストも成し遂げていない。もし、それが神の力によるものでなく、王仁三郎が頭からひねり出したり、百科全書を暗記していて口述したというのであれば、むしろ王仁三郎は神様よりも偉いということになるだろうというわけです。

智者や学者と自認している人というのは、まだ『霊界物語』の口述開始から半年ほどしか経っておらず、世間に影響を与えているわけでもありませんから、外部の学者などではないと推測できます。ですから、前回整理した三種類の反王仁三郎勢力のうち、当時の大本内部で力を持っていた知識人の幹部たちのことでしょう。

つまり、ここまでは知識人の幹部による「霊界物語は神言ではなく、王仁三郎が書物などの知識から捏造したものだ」という批判に対する反論です。

そして、次の行からいきなり話が転換します。

変性女子(へんじょうにょし)の調べたる
大本神諭(おおもとしんゆ)は大開祖
書かせたまへる綾錦
光も強き絹糸に
紡績糸(ぼうせきいと)も混入し
劣等糸(れっとういと)とせしものぞ
元の筆先(ふでさき)調べむと
鼻たかだかとうごめかし
それの実地に突当(つきあた)
錦の糸の原料は
桑葉(くわは)なりしに胆潰(きもつぶ)
アフンとしたる其(その)上に
変性男子(へんじょうなんし)の筆先も
女子(にょし)の作つた神諭(しんゆ)
薩張(さっぱり)あてに成らないで
信用せないが良からうと
自己の不明を触れあるく
珍らし人の言葉だろ
アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
御霊(みたま)(さちは)ひましまして
一日(ひとひ)も早く片時も
(と)く速(すむ)やけく迷雲(めいうん)
晴らして真如(しんにょ)の日月(じつげつ)
迷へる人の心天(しんてん)
照させ玉(たま)へ惟神(かむながら)
神の御前(みまへ)に願(ね)ぎ奉(まつ)
アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
御霊(みたま)(さちは)ひましませよ


見ての通り、ここでは『霊界物語』に対する批判ではなく、前回整理した三種類の反王仁三郎勢力のうち、『大本神諭』及び開祖のお筆先に対して信用できない、信じないほうがいいと批判する人が取り上げられています。

これまでにも書いたとおり、『大本神諭』は、ひらがなと漢数字だけで書かれた出口なお開祖のお筆先(自動書記)を、王仁三郎聖師が漢字仮名交じりに書き改めたものです。そこには当然、内容の取捨選択や整理がありました。

それについて上記の部分では、『大本神諭』は絹糸(開祖のお筆先)で織られた綾錦に、綿糸(王仁三郎が付け加えた部分)が混入したものであるので、本来のお筆先を見れば、不純物の混じっていない本物の神示があるに違いないと思った人がいたことを示しています。

しかし実物を見れば、錦の糸の材料は桑の葉(蚕の餌)だった、つまり想像していたようなものではなく、むしろ低級と思われるものであった。それでビックリしたばかりでなく、開祖のお筆先も、王仁三郎の手が入った大本神諭も当てにならない、信用しないほうがいいと言っているが(つまり王仁三郎だけでなく、開祖までも否定するようになった)、それは自分の愚かさを触れ歩いているようなものだと批判しているわけです。

そして、いよいよ問題の部分に続くのですが、それは次回のお楽しみとして、ここまでの内容を見れば、わざわざ王仁三郎聖師が自分のことを偽物だなどと言うことは考えられないだろうと思います。

これだけ反対派を批判おきながら自分が偽物だと言い、偽物だと言ったにもかかわらず以後も精力的に『霊界物語』の口述を続けているのだとしたら、何を考えているのかまったくわけがわからないとしか言いようがありません。

しかし、以下に続く問題の部分が、王仁三郎の告白や予言などではなく、三種類の反王仁三郎派の残りの一つ、開祖絶対派の内心を挑発的に書いているのだと見れば違和感がなくなります。

ということで、次回は問題の部分を考えてみたいと思います。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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