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2010-03-05

変性女子はニセモノか?(4)

ようやく問題の部分です。現行版(昭和10年に王仁三郎聖師が校正したもの)は誤解のしようがない形に改められていますので、初版のものを再掲します。

今 大本にあらはれた
変性女子(へんじょうにょし)は似而非(にせ)ものだ
誠の女子(にょし)が現はれて
やがて尻尾が見えるだろ
女子の身魂(みたま)を立直し
根本改造せなくては
誠の道はいつまでも
開く由(よし)なしさればとて
それに優りし候補者を
物色しても見当たらぬ
時節を待つて居たならば
いづれ現はれ来(きた)るだろ
みのか尾張の国の中
変性女子が分りたら
モウ大本も駄目だらう
前途を見こして尻からげ
一足お先に参りませう
皆さまあとから緩(ゆっ)くりと
目がさめたなら出て来なよ
盲目(めくら)千人のその中
一人の目明(めあ)きが気を付ける
アア惟神(かんながら)々々(かんながら)
かなはんからたまらない
一足お先へさようなら。


それでは順番に見ていきましょう。

今 大本にあらはれた  変性女子は似而非ものだ
誠の女子が現はれて  やがて尻尾が見えるだろ


いきなりの話題転換で、しかも極めてインパクトのある言葉です。誰の言葉かという説明がありませんので、ここだけ見れば王仁三郎が自分を偽物だと言っているように見えます。それで、自分こそ本物の救世主と思う人たちが飛びついたのでしょう。

しかし、続く部分をきちんと読めば、王仁三郎が自分のことをいっているのではないことがわかります。

女子の身魂を立直し  根本改造せなくては
誠の道はいつまでも  開く由なし


王仁三郎の身魂を立直し、根本改造する、つまり根本から改心させなければ、誠の道が開かれないということです。

まず、一目見てわかるのは「女子身魂を立直し」ではなく「女子身魂を立直し」、「根本改造なくては」ではなく「根本改造なくては」になっているということです。つまり「変性女子を改心させなければ、誠の道(神様の本当の教え、経綸)はいつまでも開けない」と言っているわけですから、当然、変性女子(王仁三郎)自身が言う言葉ではありえません。

また、王仁三郎が自分自身について言ったのであれば、自分が改心しないから誠の道が開かれない、改心すれば開かれるというのですから、「信天翁(三)」全体の文脈を無視して解釈したとしても、おかしな話になってしまいます。ニセモノかどうかに関係なく、自分が改心するかどうかの問題になるはずだからです。

ですから、もし王仁三郎が自分が偽物であることを告白した内容だということになれば、自分で自分を改心させられないという意味になり、文章的に意味を成さなくなってしまいます。でも、どう考えても、王仁三郎が自分の改心を必要だと考えていたとは思えません。

そもそも、誠の道が開かれるためには、まず変性女子が改心しなければならないというのは、なお開祖と王仁三郎聖師に懸かった神格が闘っていた時代のお筆先にたびたび示されていた内容で、開祖のお筆先を絶対とする反王仁三郎派の人たちが、王仁三郎の行動を批判する根拠であり、また決まり文句でもありました。

この人々の代表が、すでに書いたように出口なお開祖の三女・福島ひさで、彼女が八木(現・京都府南丹市八木町)に住んでいたことから、その一派を八木派と呼びます。現在では単なる反王仁三郎派の異端という扱いですが、当時は極めて大きな影響力を持っていました。
ひさのお筆先を『日乃出神諭』と称しますが、『霊界物語』5巻の序文には、はっきりと名前は挙げてないものの、ひさと『日乃出神諭』に対する批判が述べられていますし、霊界物語の随所で経綸を妨げる高姫と黒姫は、ひさとその側近の星田悦子がモデルとされます。これは、逆に当時の八木派の影響力の大きさを示しているといえるでしょう。

つまり大本の歴史や当時の状況を知る人たち(当時の時点で霊界物語の読者として想定されていた人たち)にとって、この言葉を見ただけで、これが開祖のお筆先を絶対とする反王仁三郎派の人たち=八木派の人たちのことを指していることは明白だったはずです。

ですから、「変性女子は似而非ものだ」というのは、王仁三郎の告白ではなく、八木派の主張、あるいは願望ということになります。

それがわかれば、続く内容も明白です。

さればとて
それに優りし候補者を  物色しても見当たらぬ
時節を待つて居たならば  いづれ現はれ来るだろ


変性女子が経綸にとって必要であることは開祖のお筆先に明示されていますし、王仁三郎の才能(霊力、実務能力その他)については、八木派の人たちも認めざるをえません。王仁三郎を排除しても、自分たちの力で大本を維持できないのは明白でした。

となると、八木派にとってもっとも願わしいことは、王仁三郎は偽物の変性女子であり、王仁三郎以上の才能を持った本物の変性女子が現れて、自分たちに協力してくれることです。

しかし、王仁三郎に優る候補者を探しても見当たらない(これは、八木派の人たちの状況であると同時に、王仁三郎の自信も込められているでしょう)。そうであれば、今はいないけれども、時節を待っていればいずれ現れてくるだろうというわけです。

みのか尾張の国の中

王仁三郎は偽物で、自分こそ本物の救世主だという人々の中には、この部分を根拠に岐阜県や愛知県に拠点を構えたグループもあったようです。また、『日月神示』を信奉する人たちには、『日月神示』を受けた岡本天明が三重県北部の菰野町に拠点を構えたことについて、北伊勢も美濃・尾張に隣接しているから…などと主張する向きもあるようです。

しかし、これも王仁三郎の予言ではなく、八木派の期待、あるいは王仁三郎が八木派の心中を推測した内容で、その根拠は『大本神諭』にある明治二十五年旧正月の神諭、いわゆる「初発の神諭」にあります。

『東京で仕組(しぐみ)を駿河(するが)美濃(みの)尾張(おわり)大和(やまと)玉芝(たましば)国々に、神の柱を配り岡山』 天理、金光、黒住、妙霊、先走り、とどめに艮の金神が現れて、世の立替えを致すぞよ。世の立替えがあるという事は、何(ど)の神柱(かんばしら)にも判りて居れど、何(ど)うしたら立替えが出来るという事は、判りて居らんぞよ。九分九厘までは知らしてあるが、モウ一厘の肝心の事は、判りて居らんぞよ。

問題の部分がわざわざ『』で閉じられているということは、王仁三郎が挿入したことを暗示していると思われます。「天理、金光…」以降の部分に対応しており、大本に先行する宗教が、神の経綸(仕組)によって各地に配置されたものだけれども、いずれも神様の経綸の九分九厘は知っていても、最後の一厘は知らないということを主張しています。

そこで、なぜ美濃・尾張かというと、ここで挙げられた地名と教団のうち、駿河は王仁三郎が学んだ稲荷講社の所在地であり、既に経綸での役割を果たしています。また、大和は天理教、岡山は金光教と黒住教の発祥地です。妙霊教は大本と同じ丹波が発祥。となると、残る地名は美濃と尾張で、そこに残された神様の仕組みがあるはずだという解釈になるわけです。

本当に八木派の人たちが美濃や尾張に本物の変性女子が現れると期待していたかどうかは確認できません。もともと「信天翁」は、見ての通り、誠実に相手の批判に答えているのではなく、挑発や揶揄(からかい)をもって反論・批判するものですから、必ずしも細部の正確さが保証されているわけではないからです。

むしろ、大本神諭の根拠となる部分が、王仁三郎自身の挿入である可能性が高いことを考えると、王仁三郎が大本に持ち込んだり発想したりした内容を抜きにしては、八木派の主張自体が成り立たないことをからかっているとも考えられます(艮の金神の神格を国常立神としたこと、変性男子・変性女子といった思想など、大本にとって中核的な内容の多くが王仁三郎に由来します。当然、八木派もそれらに基づいた主張をしています)。

変性女子が分りたら  モウ大本も駄目だらう
前途を見こして尻からげ  一足お先に参りませう
皆さまあとから緩くりと  目がさめたなら出て来なよ
盲目千人のその中  一人の目明きが気を付ける


ここは注意を要するところです。八木派の人たちも大本に属しているのだから、本物の変性女子がわかると大本がダメになるというのはおかしい、やはり大本以外のことを指していると考えるかも知れません。

これについて、ここでいう「大本」は綾部の大本、つまり王仁三郎を中心とする教団を指していると考えうる根拠があります。出口和明氏がなお開祖の生涯をまとめた『いり豆の花』に、昭和16年8月23日、出口すみ(二代教主、なおの末娘で王仁三郎の妻)が大阪控訴院に提出した上申書が引用されているのですが、その中に次のような一節があります。

「八木は大本を討ち、大本は姉〔福島ひさ〕を討ち、長い間の戦いでございます。八木の姉とは、大正四年から戦っております」

つまり、全体としての大本という以外に、八木派と対立する存在としての大本という概念があった可能性があり、それは綾部の王仁三郎を中心とする教団という意味で使われていたと推測できるわけです。

とすれば、「モウ大本は駄目だろう」というのは、王仁三郎を中心とする綾部の大本が駄目になるということで、すなわち、八木派の正しさが証明されることを期待した言葉と考えることができます。続く「前途を見こして」云々も、八木派への勧誘と考えれば無理がありません。

アア惟神々々
かなはんからたまらない 一足お先へさようなら。


これは、王仁三郎が偽物だと告白しているという目で見れば、王仁三郎が、本物には敵わないから、一足お先に逃げていくと言っているように見えるかもしれません。しかし、ここにもちゃんと仕掛けがあります。

問題になるのは「アア惟神々々」と「かなはんからたまらない」です。

まず「アア惟神々々」ですが、これは宣伝歌などを締めくくるときによく使われる決まり文句で、「御霊(みたま)(さち)はへましませよ」あるいは「御霊(みたま)の幸(さち)を賜(たま)へかし」と続きます。大本でもっとも重視される祈りの言葉「惟神霊幸倍坐世(かんながらたまちはえませ)に由来しています。

ところが、ここでは「アア惟神々々」に「かなはんからたまらない」と続いています。「惟神」とは「神様の御心のままに」という意味ですから、それが「かなはんからたまらない」では意味が通じません。

しかし、『霊界物語』第11巻の「信天翁(二)」の最後を見れば、あっさりとこの意味がわかります。

アヽ惟神々々  叶はん時の神頼み
かなはぬからたまちはへませ  かなはぬならたちかへりませ


「信天翁(二)」も「信天翁(三)」と同じく、霊界物語を批判する人々に対し、挑発・揶揄を交えた歌の形で反論・批判したものです。

見ての通り「叶はん時の神頼み」は「惟神々々」のもじり、「かなはぬからたまちはへませ」「かなはぬならたちかへりませ」は「惟神霊幸倍坐世」のもじりです。そこから推測して、「かなはんからたまらない」も「か」と「た」の音が通じていますから、「信天翁(二)」を踏まえての「惟神霊幸倍坐世」のもじりだと思われます。

そこから考えれば、歌を締めくくる「アア惟神々々」の前の「一人の目明きが気を付ける」までが八木派の言葉(一人というのだから、福島ひさの言葉だとも考えられます)、「かなはんからたまらない」は「惟神霊幸倍坐世」をもじった王仁三郎自身の感想で、こういう訳のわからない人たちとはつきあいきれないという意味にとるのが適切でしょう。

当然、「一足お先にさようなら」というのは八木派の人たちに向けた言葉で、好きに言っていてください、自分はつきあいませんよ、という意味になります。

ということで一通り見てきましたが、問題の文章が、出口王仁三郎聖師が自分のことを偽物だと告白したとか、本物の救世主が美濃か尾張に現れることを予言したというようなものでないことが納得してもらえると思います。

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