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2009-11-23

二重構造の救い(下)

二重構造の救い(書いていて、もう少し適切な表現はないかと考え始めているのですが)ということについて続けます。

宗教に期待される救いには
①現世利益など、現実の環境や自分の状態が善くなるという救い(十界(じっかい)の中で、天界を目指す救い)。
②現実の環境や自分の状態にかかわらず、心の平安や安寧を保つことができるようになるという救い(六道(ろくどう)を解脱して、四聖(ししょう)の境地を目指す救い)。
の二つがあり、どちらも重要だということを説明してきました。

それで、この二つの救いが相互にどう関わっているのかということなのですが、一見、正反対のようでありながら、実際には切り離せない関係にあります。

というのは、十界の中で天界を目指す救いを突き詰めていけば、四聖の境地を目指さざるを得ませんし、四聖の境地に至れば、自ずから六道の中のよりよい状態に行きやすくなるからです。

わかりやすい例として、いわゆるプラス思考の問題を考えてみましょう。
現世利益といっても、魔法か何かで思い通りに物事が実現するというようなものではなく、ちゃんと宇宙の法則に則って生じています。ですから、この法則をよく理解している宗教(宗教者・宗教団体)は的確に現世利益を与えることができますし、理解していない宗教(宗教者・宗教団体)はまぐれ当たりに頼らなければならなくなります。

そういう法則、特に現世利益に関わる法則の中で、一般にもよく知られており、ほぼ常識となっているのがプラス思考です。ポジティブ・シンキング(積極思考)などともいわれます。

自己啓発などでは基本といってもいいぐらいですが、いわゆる世の成功者に共通する特徴として、物事を肯定的にとらえ、前向き・楽観的な考え方をしている。プラス思考をすることがこの世での成功の秘訣だというものです。

これは、まったくその通りです。

ところが、実際にはプラス思考で成功できたという人は滅多にいません。なぜなら、ほとんどの人はプラス思考ができないからです。

プラス思考がいいのはわかっている→でも自分にはプラス思考ができない→自分は成功とは縁がない…と思いこんでいる人がいかに多いことか。

さて、ここで十界の話に戻って考えてみましょう。

プラス思考というのは、どんな境遇の時でも、物事を肯定的・積極的・楽観的にとらえましょう、ということです。

ところが、六道の世界というのは、自分の境遇によって心の状態が決まります。ですから、六道の世界にとどまる限り、嬉しいときや何もないときはプラス思考ができても、苦しいときには苦しくなってマイナス思考になるし、辛いときにもマイナス思考になるし、先の見通しが立たないときもマイナス思考になるのです。

これに対して、四聖の境地というのは、境遇に関係なく、自分の心が平安に保たれる状態です。これを少し現世の成功という方向に向けてやれば、どのような境遇でもプラス思考をすることが可能になります。

つまり、一時的な成功とかまぐれ当たりではなく、この世での成功(六道の中の天界)を確実にし、継続させたければ、ある程度四聖の境地を目指すことは不可欠なのです。

ですから、釈尊の在家の信者には長者(大富豪)がたくさんいました。もし、釈尊の教えが単に欲望を捨てよというだけのものであれば、そんなことにはならないはずです。また、現代でも経営者が座禅を組んだり、僧侶に師事したりするのは珍しいことではありません。

一方、四聖を目指すという場合も、六道でよりよい状態になることは非常に意味があります。

四聖といっても、いきなり自分の心が環境や自分の状態に左右されなくなるというものではありません。

声聞しょうもん)は、まだそういう考え方があるということを知った段階ですから、実態は六道の世界に浸かっている人と変わるところがありません。知的に理解した段階の縁覚(えんがく)も、時間をかけて気持ちを整理することはできるでしょうが、どんな境遇でも平然としている、などというわけにはいきません(いや、それができるのは仏の段階ですよ)。

ですから、四聖といえども初歩の段階においては境遇に振り回されます。それを耐えよといっても非常に困難です。耐えれば成長も早いのですが、普通の人では耐えられない可能性のほうが高く、かえって逆効果になってしまいます。

六道でいえば人界・天界ぐらいの境遇が確保されているのが望ましく、そういう意味で、四聖を目指す場合でも、六道の中でよりよい状態になるという救いも非常に意味があるわけです。

ただ、プラス思考の例で言ったとおり、四聖の段階に進んでいけば、六道の中でよい境遇を目指すことはやりやすくなります。

もちろん、四聖に進んでも、死ぬときは死ぬし、病気にもなるし、いろいろな問題から逃れることはできません。

しかし、声聞の段階ではともかく、縁覚以上のクラスになればマイナス思考にはならないはずですから(縁覚では、マイナス思考をプラス思考に転換できるぐらいかもしれませんが)、マイナスのスパイラルに入るということはありえないわけです。

ですから、現世利益を願う人も、本当に確実なところを願うならば四聖の境地を目指すべきですし、四聖境地を願う人も、現世利益を軽く見るべきではありません(まあ、程度の問題ですが)。どちらも大切なものなのです。

そういう意味で、現世の成功を願う人にとっても、宗教的な心の平安を求める人にとっても、「莫令傷心神(わがたましいをいたましむることなかれ)」ということが非常に重要であることはおわかりいただけると思います。

強引にそこへ持っていったか…(影の声)

でも、考えていただければその意味がわかるはず。心神(わがたましい)を傷(いた)ましめないということさえ押さえておけば、後は自分の必要に応じて、現世の成功に活用するか、心の平安に活用するか、というだけだからです。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。
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theme : 宗教
genre : 学問・文化・芸術

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両方大切!ですよね~

丁寧な解説、本当に有り難うございました!!
切り離せないもの・・。頑張ったら自然についてくるもの、なんですね!

これがわからなかった時は、思い切り偏っていて、すごくバランスが悪かった・・

明確に教えて頂けて、スッキリ!です。

Re: 両方大切!ですよね~

>しーさー様

いつもありがとうございます。

周囲を見ていても、そういうバランスの悪い人がたくさんいるように思います。

そこに気づけば、ずいぶんいろいろなことがよくなると思うのですが…
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