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2010-03-15

「幸福の科学」考(2)

人身受け難し 今すでに受く
仏法聞き難し ニセモノを聞く


幸福の科学の考察について、不定期的にとはいったものの、あまりに間隔が開いてはどうかと思います。そこで、今日は幸福の科学について考える二回目ということにしました。

第一回目では、「ブッダが再び生まれてくることはない」という、仏教徒にとっては常識中の常識から、仏教徒幸福の科学の根本的な違いについて指摘しました。

これは、「地球系霊団」などという神智学協会によって生み出され、GLAに採用された教義を、そのまま無批判に利用した(最初の段階で、仏教ではなくGLAの教えに立脚した)ことによるもので、別に大川隆法氏の画期的誤解というわけではありません。

それにしても、大川氏の不適切な仏教理解、あるいは仏教用語の使い方は随所に見られます(まあ、根本的に違っているのだからしかたがありませんが)。

例えば、大川氏は信者に向かって比丘(びく)、比丘尼(びくに)と呼びかけます。

比丘とはサンスクリット語で乞食者を意味するビックの音写で、比丘尼はその女性形ビックニーの音写です。つまり出家修行者に対して使う言葉であり、幸福の科学の信者のような在家の人たちには優婆塞(うばそく)、優婆夷(うばい)というべきです。

まあ、大川氏自身が在家ですから、信者も在家の比丘・比丘尼でもいいのかもしれませんが…

とはいえ、そういう本来の仏教との違いを指摘しても、幸福の科学の信者さんたちは、本来の仏教といわれているものは不完全な内容で、大川氏の説く教えこそ完全な内容だと信じているでしょうから、どう批判されたところで平気でしょう。

そういう意味では、いくら論じたところで水掛け論になりますから、結局のところ、理想の世界を実現できれば本物の救世主だし、できなければ本物でも偽物になるということでいいのですが、大川氏に限っては、ご自分が仏陀の再誕であることを客観的に証明する非常にいい方法があります。

それができれば、世界の仏教者や仏教学者から感謝されるであろう内容です。

実は、釈尊がどのような言葉を話していたかはよくわかっていません。Wikipediaにもあるように、古代マガダ語か古代東部インド語であったとされています。南伝経典に用いられるパーリ語は、西インド地方の方言が起源ではないかと考えられています。

そこで、大川氏が自ら仏陀の再誕であることを証明し、また、仏教学界に対して多大な貢献をする方法として、ぜひ、釈尊が使っていた言葉を実際に話していただいてはどうかと思うわけです。

私は、例えばイタコなどの霊媒が、死んだ人の言葉を伝えるときに、死んだ人が使っていた言葉ではなく、霊媒自身の方言でしゃべるからといって、それを嘘だとは言いません。なぜなら、霊媒は必ずしも霊の言葉をそのまましゃべっているのではなく、無意識レベルで感応した情報を伝達しているだけだからです。

しかし、大川氏は単なる霊媒ではありません。地球系霊団の最高主宰者が、その意識を持って地上に生まれた存在です。

まあ、そんな偉い人物が霊媒(預言者ではなく)をやっているということ自体、普通に考えて大笑いなのですが、それはいいとしましょう。

本屋でチラッと見ますと、松下幸之助翁の霊言では関西弁を使っているようですし、坂本竜馬の霊言では土佐弁を使っているようです。関西の人の言葉を伝えるときにでも青森の言葉で話す恐山のイタコとはレベルが違います(笑)。

まして、釈尊の使っていた言葉をしゃべるというのは、霊の言葉を伝えるのではなく、自分の記憶をたどるだけですから、それほど困難だとは思えません。

大川氏は『仏陀再誕』の冒頭、こういうことを書いています。

今から二千五百数十年前、インドの霊鷲山にて、
マガダ国の首府ラージャグリハの町を見おろしながら、
弟子たちに説法した、
あの感慨が蘇ってきます。

あの頃、あなたがたは、
頭を丸め、柿色に染めたそまつな衣を身にまとって、
私の法話に随喜の涙を流していました。


柿色というのは現代の上座部仏教の僧のイメージで、Wikipediaによりますと、当時の僧たちの衣は「草木や金属の錆を使って染め直され、黄土色や青黒色をしていた」ということなのですが、それはよしとしましょう。

ポイントは、それぐらいの感慨が蘇るほどですから、その時に話したことを再現するぐらい、そう難しいことではないだろうという点です。延々としゃべることはできなくても、今残っている経典の一節ぐらいは話してくれてもよかろうと。

まあ、輪廻の過程(大川氏の場合は輪廻とはいえないのですが、それはいずれ考えたいと思います)で忘れてしまったからという場合でも心配はありません。

実は、釈尊の俗名とされるゴータマ・シッダッタ(パーリ語)、ガウタマ・シッダールタ(サンスクリット語)も、本当にそういう名前だったかどうかは疑われています。そこで、釈尊の俗名が本当は何であったか、ということを教えていただければ、仏教学界にとっても全世界の仏教徒にとっても非常に有難い話だろうと思うわけです。

いくらなんでも、名前まで忘れているということはないでしょう。

世界の仏教学への貢献としても、ぜひお願いしたいものです。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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