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2010-04-02

桃水雲渓(6)

桃水雲渓(5)

京で乞食に混じっていたころの桃水雲渓(とうすい うんけい)禅師について、もう一つ逸話が残っています。

桃水和尚の弟子に、知法という尼僧がいました。島原の豪商の先代夫人でしたが、桃水の下で得度し、尼になったという人です。

知法尼は一目でも師にお会いしたいと熱望し、手を尽くして桃水を探し、さらに日夜神仏に祈願していました。そうするうちに、ある夜、京で桃水と出会うという夢を見たのでした。

知法尼は桃水のために新しい夜具を準備し、さらに伊勢神宮参詣のためという名目でまとまった金子を準備しました。そして、まず伊勢に参詣して桃水と出会えるように祈願し、それから京へと向かいました。

京では知人の家に滞在し、下男と下女を一人ずつ連れてあちこち捜し回り回ったのですが、なかなか見つかりませんでした。

そうして二十日ばかり経った頃のこと。清水寺にお参りした帰り、五条大橋にさしかかったところで、その下の川原に大勢の乞食が集まっているのが目にとまりました。そこで、もしやと思って川原に下りていき、そこにいる乞食に小銭を与えて、これこれこういう人を知らないかと聞きました。

しかし、乞食たちは知らないと答えるものですから、知法尼はがっかりして立ち去ろうとしました。その時、そばで菰(こも=むしろ)を被って寝ていた乞食が、むくりと起き上がりました。見ると、その乞食はハンセン氏病を患っているのでした。

その乞食が言うには、「あなたさまが言っている人は、近頃、わしのところへ来て看病してくれている人かも知れません。このあたりでは見ない人なので、わしもいろいろ素性を聞いたのですが、一言も答えません。だから、その人かどうかはわかりませんが、もしその人なら、今日の昼過ぎ、薬を買って持ってきてくれるということでした。ですから、どこかを一回りして、昼過ぎにもう一度来られるといいでしょう」とのこと。

そういわれたので、昼過ぎにもう一度橋の下を訪ねると、本当に桃水その人がやってきました。背中には菰を背負っていますが、膝から下は掛けるものもなく、白髪は伸び放題です。手には何か紙包みを持ち、杖をついて、先ほどの乞食のところへ行くと、やさしく看病をしているのでした。

知法尼はしばらく桃水のすることを橋桁の陰から見ていましたが、我慢できなくなって、涙を流しながらもも水のところへ駆け寄り、それまでの一部始終を話しました。

それに対して、桃水は冷たく言いました。

「女性は罪深いものというが、中でも恋慕というのが一番重い罪だ。俗世の人間ならともかく、出家の身であるそなたが、何の愛情もないはずのわしなどを追ってきて、何の益があるだろうか。三宝(仏法僧)と因果応報を信じ、出家をした最初の志を忘れなければ、それこそわしと始終対面しているのと同じことじゃ。さあ、帰りなさい」

知法尼は言いました。

「一つ、どうしても聞いていただきたいお願いがあります。私が東山の当たりに庵を準備させていただきます。生涯のお斎の米も、私の知り合いの家から届けさせるようにします」

桃水は「ご無用、ご無用」といいますが、それでも知法尼は言いつのります。

「お使いいただく夜具は新調してまいりましたし、庵を準備するだけの金子も用立ててきています。どうか、生涯のお願いでございます」

桃水は言いました。

「それは、わしの心を知らない極めて愚かな考えじゃ。庵に住もうと思えば、お前さんに頼らなくても、明日からでも住むことができるわい。それが嫌だから、こうやっているのだ」

そこで、知法尼は言いました。

「わかりました。しかし、和尚様のために準備してまいりました夜具と金子です。今さら持って帰るわけにもまいりませんから、ぜひお受け取りください。川に流そうと、お捨てになろうと、和尚様の思うとおりになさっていただいて結構です。私はこうしてお目にかかれただけでも有難いと思っております」

すると桃水は言いました。

「そうか。その川へ流しても、捨ててもよいというのが、布施においてもっとも大切な心だ。それなら、お志をかたじけなくいただくとしよう」

そして、受け取った新調の夜具は例のハンセン氏病の乞食に与えて寝かせてやり、金子の一部は小銭に両替して、そのあたりにいた乞食たちに分け与えました。

それから知法尼にむかい、「知法よ、お前さんは本当に善い布施をされたものだ。東寺のほうに病人が苦しんでいるので、これからそちらのほうに行かなければならん。それでは、さらばだ」

そう言うと、桃水は立ち去ってしまったそうです。

「渇仰恋慕」とは言いますが、女性の信仰において、宗教的な意味において慕わしいと感じるのと、恋愛的な意味で慕わしく感じるのは分けられるものではないようです。そのあたり、男性には感覚的にピンと来ないのですが、いろいろ見聞する中で、なるほどなと思うことがあります。

知法尼の桃水に対する心情は、まさにそれだろうと思われます。善くも悪くも一途な心持ちで、桃水個人に執着していたわけですが、桃水はそれを熟知していたのでしょう。

そして、桃水の素っ気ない態度は、そういう俗世の情の罠に引っかからないためのものであると同時に、しかし、知法尼に対する本当の意味での慈悲心であっただろうと思うわけです。

桃水が断固として個人的な好意を拒否するうちに、徐々に知法尼のほうもふっきれてきて、最後は「川に流そうと、捨てようと、思うままになさってください」という言葉になりました。これは、単に桃水に対する個人的好意(恋慕の情)が吹っ切れたというだけでなく、自分の思いに対する執着そのものも吹っ切れた、つまり、在家の人間から出家の人間になったということではないかと思います。

とすれば、このやりとりは桃水による師としての最後の教育だったともいえますし、また、それに応えた知法尼も大したものだとも言えるでしょう。

琛洲・智伝もそうですが、とてもついていけないような師匠の教えであっても、最終的には師匠の意図を受け止めたことを思うときに、やはり、師匠が師匠なら弟子も弟子、ちゃんと人物は選んでいたのだろうと思うわけです。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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