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2010-04-05

桃水雲渓(7)

桃水雲渓(6)

しばらく京で乞食の群れに混じって暮らしていた桃水雲渓(とうすい うんけい)禅師は、その後、伊勢の神宮のあたりで乞食の群れに混じっていたそうです。

さらにその後は乞食生活をやめ、奈良の大仏で掃除男をしたり、草津のあたりで駕籠かきをしたり、京の粟田口で馬子をしたりと、職業を変えながら各地を転々とし、俗人に紛れて暮らしていました。

その頃のことについては、大津で馬沓(馬に履かせる草鞋)を作って売っていた時の話が残っています。

桃水は商家の蔵と蔵の間の6、7尺ほど(約2メートル前後)の空き地を借り、藁葺きの小屋を建てて寝泊まりしていました。馬沓を作っては馬子たちに売っていたのですが、みんなから「爺、爺」と呼ばれ、「大津の爺さん」が作った馬沓としてなかなか評判がよかったそうです。

小屋には煮炊きの道具もなく、馬沓を売ったお金で餅などを買い、それを食べるような生活だったといいます。

さて、ある時、馬子や駕籠かきが集まって世間話をしていました。桃水も一緒に混じっていたのですが、中の一人が「爺さんの家には仏壇がないが、仏さんを祀らない家は切支丹(きりしたん)だと言われるぞ。なんで祀らないんだい?」と聞きました。

すると、桃水が「ご飯も炊かないようなところは、仏さんも嫌がるんじゃ」と応えたものですから、一同大笑いしてその場は終わったのですが、翌日、親切な馬子の一人が大津絵の阿弥陀様を持ってきて、「爺さん、これをやるから、祀っておきな」と言いました。

桃水は「ありがとう。でも、仏さんはいらないよ」と言いました。しかし、馬子が強引に押しつけたので、「こんな狭いところに、仏さんも迷惑なことじゃ」とぶつぶつ言いながら受け取りました。

大津絵というのは、江戸時代の初め頃から大津のあたりで売られていた民画で、初期は仏画が中心だったといいます。当時、宗門改めで切支丹だと疑われないようにするため、大津絵の仏画を掛けておいたといいます。

さて数日後、隣家の人が桃水の留守に小屋を覗くと、壁に件の阿弥陀様が掛けてあり、そこに消し炭で「せまけれど宿を貸すぞや阿弥陀どの 後生頼むと思しめすなよ」と書いてあったそうです。

来世に極楽浄土へ迎えてもらうために阿弥陀様を祀っているのではなく、狭いところだけども阿弥陀様に宿を貸しているんだということで、桃水が仏様に死後の救済を願うような信仰の段階はとっくに卒業した、自由の境地に到達していることを示すための逸話ということでしょう。

しかし、私自身はこの逸話について、少々引っかかるものがあるのです。

もちろん、桃水が阿弥陀如来に「後生頼むと思しめすなよ」と言う境地に到達していたことを疑うわけではありません。

桃水は禅林寺の住職という立場を捨てて乞食となり、さらに乞食という社会の外の立場を捨てて、俗人の中に紛れて暮らしていました。僧侶も乞食も、一般人からすれば特殊な立場です。それらを捨てて俗人に紛れる(俗人になったとは言えないので)というのは、とことんまで自分の中のこだわりや執着を捨て去る修行だったのではないかと思います。

そして、それは宗教生活においては、もともと禅宗自体が神仏に救ってもらうという発想を拒否する要素がありますが、さらに住職という立場を捨てた時点で、形式的な信仰というのは完全に捨て去ったであろうと考えられるわけです。

しかし、さらに難しいことがあると私は思います。それは、形式的信仰を捨て去っているにもかかわらず、表向き形式的信仰に従うこと、言い換えれば、捨て去ったはずの形式的信仰の持ち主と見られることを甘んじて受け入れるということです。

もし、それができないのであれば、まだそこには人目を気にする心があるということですし、人目を気にするということは、自分自身の中にこだわりがあるということです。

そういう観点から見れば、「せまけれど…」の歌は、かえってこだわりがあることを示すことになり、一見、桃水にふさわしいようで、実はふさわしくないように思われるのです。

私が思うに、桃水は、ある出来事のために偉い人らしいということがばれ、大津を逐電することになるのですが、その後に桃水の偉さを称揚したい人たちによって、この話が成立したのではないでしょうか。

話の前半、阿弥陀様を祀るのを嫌がったが、結局壁に掛けたという話が実際にあり、そこに「せまけれど…」の歌の話などが自然成立的に脚色されていったのではないか、あるいは隣家の人が桃水の偉さを強調するとともに、自分自身をアピールするために、そういう歌が書いてあるのを見たなどと言ったのではないか、と考えたいところです。

ただ、これが本当だとすると、桃水和尚でもそういう葛藤を抱いていたのだろうかと、少しばかり身近に感じられるような気もします。あるいは、そういう諸々を越えたところで、割り切った境地が「せまけれど…」の歌になったのかもしれませんが、そうなると、私などでは到底計り知れない境地です。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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