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2009-11-26

万能薬などない

およそ宗教でも自己啓発でもそうですが、「これさえやれば大丈夫」という万能薬を求めている人が多いように思います。

あるいは、宗教や自己啓発書、セミナーなどの側も、あたかも自分たちが推奨しているメソッドや実践方法が万能薬であるかのように宣伝します(自分たちでもそれを信じ込んでいたりします)。

プラス思考しかり、「ありがとう」を1日千回唱えるのもしかり、パワースポットに行くのもしかり、先祖供養するのもしかり、真言や祝詞を唱えるのもしかり、感謝するのもまたしかり。

それぞれ有効なツールではありますが、それさえやっていればいいというものではありません。それどころか、状況によってはマイナスに作用することさえあります。

例えば、気持ちが落ち込んでしまっている人にプラス思考をさせようとすると、更に落ち込んでしまうことが多いというのはよく知られています。

感謝が素晴らしい効用を持っていることは議論の余地がありませんが、どうしても感謝できないというときに、無理に感謝しようなどとすると、かえって逆効果になります。表面的には「ありがとう。感謝」などと言っていても、心の底でははらわたが煮えくり返って、絶対感謝できないなどという思いになるものです。まあ、だいたい感謝として表した内容の10倍ぐらい、逆のものが心に蓄積されていると見て間違いありません。

信仰している人と話していると、感謝についての話になると、「感謝しないといけないのよねー。わかっているんだけどねー」などという言い方をする人が結構います。そういう人は、感謝しなければいけないとは思っているけれど感謝できない、そうなると、感謝云々ということが負担になって、感謝などは言葉だけでも敬遠したいという気持ちになっているものです。

そんな時は、むしろ「感謝なんかできるか!」と開き直ったほうが、気持ちがスッとしたりします。

じゃあ、感謝できないときは開き直ればいいのかというと、開き直ることによって、ますます怒りや恨みが強化されることもありますから、一概には言えません。むしろ、無理にでも「ありがとう」と言ったほうが、気持ちが変わることもあります。

要は、その時のその人の状態で判断しなければならないのです。これを仏教では「応病与薬(おうびょうよやく)」、つまり相手の病気に応じて適切な薬を与える、といいます。

もろもろのメソッドや実践方法は、医学的な治療法と同じで、あくまでツールとして適切に使いこなすべきものです。条件に合わなかったり、使い方を間違ったりすれば逆効果になります。Aさんには効果があっても、Bさんには害になるということだって珍しくありません。また、同じ人でも、この前はよかったけど、今度はダメということもあります。

ワンパターンではダメなのです。

ところが、特に宗教の世界では、本来、単なるツールの一つでしかない手法や手段を絶対的な万能薬にしてしまうことが少なくありません。また、信者の側でも、そういう万能薬があるというところに惹かれてきたりするから厄介です。

こういうと、じゃあ私が「これさえ押さえておけば大丈夫」と称する「莫令傷心神(わがたましいをいたましむることなかれ)」はどうなんだと疑問に思うかもしれません。

「莫令傷心神」というのは、自分の境遇、環境や自分の状態がどのようであっても心を安定した状態に保つということですから、手段や実践方法ではなく目標地点です。つまり、「心を健康に保ちましょう」と言っているわけで、それ自体が薬というわけではありません。

いろいろな宗教をはじめ、世の中にあるいろいろなメソッドやコツを賢く活用して、「心神(わがたましい)を傷(いた)ましむること莫(なか)れ」心を明るく前向きに保ちましょうというものです。

ですから、使い方によって間違いが生じるということはない……と言いたいところですが、やはり何事にも裏表があるという原則から外れられないのが難しいところです。

例えば、「心神を傷まし」めないというのを誤解して、自分の心が傷つくような事態を避けているだけという人は珍しくありません。そこには何の成長も未来への展望もありません。

また、「ポリアンナ症候群」というそうですが、解決しなければならない問題や不都合な現実があるにもかかわらず、都合のよい部分だけ見て「よかった」ということにして、実際には現実逃避をしていながら、しかも本人はプラス思考をしていると思いこんでいる、などという危険性もあります。

そういうことを考えると、どこまでいっても「これでいい」という万能薬はないと腹を決めるのが一番いいと思います。神仏は、死ぬまで怠けさせてはくれないのだと。

だからといって、休みなく働け、真面目に真面目にひたすら真面目にというような話ではありません。なぜと言って「働く」も「真面目」も万能薬ではないから。

休むことを知らない人は休むことを身につけなければなりませんし、遊ぶことを知らない人は遊ぶこともしてみるべきです。真面目だからといって、それでいいというわけでなく、ときにはハメをはずすことも大切なのです。

つまり、よく遊び、よく学べではないですが、要はバランスが大切ということです。

考えてみてください。なぜ、怠けさせてくれないのか。それは、自分の幅が広いほど、「心神を傷ましむること」がなくてすむからです。

パセリもセロリもニンジンもオクラもおいしく食べられるようになったほうが、心神を傷ましめずにすむわけです。

できないことをさせられると思うと苦痛ですが、できることを増やしている、人間の幅を広げていると思えばいいのです。

たまに苦しいときは、撤退するのもいいでしょう。それも自分の幅ですから。前進も万能薬ではありません。撤退や後退もときには有効ですから、それも賢く使いながら心神を傷ましめないようにしていくのが大切です。

そもそも必要な撤退や後退をよくないと考えるのがマイナス思考ですよ。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。
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theme : 宗教
genre : 学問・文化・芸術

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とらわれず

本当にワンパターンではダメで、バランスが大切ですよね!

凄く実感できます。

有り難うございました!

Re: とらわれず

>しーさー様

いつもありがとうございます。

どれも否定する必要はないのですが、どれかだけというのはバランスを欠きますよね。
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