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2010-04-09

桃水雲渓(10)

桃水雲渓(9)

有馬温泉で雲歩和尚と一緒に湯治した前後から、桃水(とうすい)和尚も寄る年波には勝てず、遠くに出かけたり、肉体労働をしたりするのが難しくなり、京都の東山の庵に住むようになりました。このことは、有馬で吟じた詩の中にも触れられていました。

桃水の元弟子で、師の指示に従って仏国寺の高泉和尚のもとに移った琛洲と智伝4回5回を参照)は、桃水の様子を聞き及んではいたそうですが、かつての言いつけがありましたので、敢えて訪ねることはしなかったそうです。

それでも、この頃から桃水の評判を聞いて帰依する信者も増えてきました。桃水はそれがわずらわしく、1年ほど摂津の池田に移ったことがあったそうです。

その頃、泉州の成合寺(泉南郡熊取町。近年、不審火で焼失したらしい)の開山である雲山愚白(うんざん ぐはく)和尚が桃水を訪ねた話が残っています。

愚白は肥後(熊本県)の出身で、桃水とともに修行したことがあり、桃水が姿をくらました禅林寺での冬安居にも参加しています。やはり桃水のことを敬愛していたのでしょう。

あらかじめ聞いていた場所に行くと、町裏の廃屋で、戸は閉められていました。それで近所の人に聞くと、托鉢に行ったのだろうとのこと。それで、しばらく待っていると、未の刻(午後2時頃)に帰ってきました。

木綿の合わせに薄い破れた衣を身にまとい、剃髪の僧侶とは思えないほど髭も髪も伸び放題だったそうです。

桃水は愚白の姿を見ると、「愚白のようだが、そうか? もはや見忘れるようにお互い老いたものだが、無用な見舞いじゃ」と言っただけで、少し残っていた冷や飯を湯かけにして食べ始めました。

愚白は、見舞いとして携えてきた金子五百文と新しい紙子の衣を差し出しましたが、桃水は「今は施物を受けても喜ぶ気にもならない。もらってしまうと、誰かにやってしまおうという心遣いになって、邪魔になるだけだ。すぐに持って帰られよ」と言いました。

それでも、差し出したものをひっこめるわけにはいきませんから、そのまま置いて帰ったということです。

この話には、もう付け加えることはないでしょう。

さて、京で桃水に帰依していた人の中に、角倉(すみのくら)という豪商がいました。角倉家といえば、茶屋家・後藤家と並ぶ京の三長者です。

もともと黄檗宗の高泉和尚に帰依していましたが、桃水和尚の噂を聞き及び、家に招いて供養しました。高泉といえば、桃水自身も参禅し、弟子の琛洲と智伝を送ったところですから、そのあたりから聞いたこともあったのかもしれません。

この時、角倉が「因みに、座禅の用心とはどのようにすべきでしょうか」と訪ねると、桃水は天井を見上げたまま、「醤油は土用のうちに作るのがよい。味噌は寒のうちに造るのがよい」と言っただけで、他には何も言いませんでした。

これを聞いて角倉は非常に感じ入ったということです。

また、角倉の一族に、黒谷(浄土宗大本山の黒谷金戒光明寺のことでしょう)の念仏宗の和尚に帰依している人がいました。この人は「一日に何万遍の念仏を唱えなければならない」と言って、茶飲み話をしているときにでも、数珠をつま繰りながら「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱えているような人でした。

その人が桃水を拝して、「私は一日に何万遍の念仏を唱えていますが、その上の教えをお示しください」と願いました。

すると桃水は筆を執り、「念仏を強いて申すもいらぬもの もし極楽を通り過ぎては」という狂歌を書いて渡したそうです。

これも付け加えることのない逸話ですが、それでは少々寂しいので蛇足の考察を。

座禅の用心について「醤油は土用のうちに作るのがよい。味噌は寒のうちに造るのがよい」とのみ言ったというのは、当たり前のことを当たり前にする、何か特殊なことがあるわけではないという意味だと思います。

また「念仏を強いて申すもいらぬもの もし極楽を通り過ぎては」というのも同様で、念仏を唱える必要はないという意味ではなく、無理にことさらなことをする必要はないということでしょう。

また、「何万遍念仏しなければ極楽にいけない」というのでは、念仏という自力によって救われるという発想ですから、本願他力の趣旨に反します。

一般的な宗教に対するイメージや期待として、往々にして何か特殊な魔法のようなもの、あるいは悟りや天国への近道のような奥義があるかのように思っている傾向があるように思います。また、宗教者の側でも、信者の関心を惹きつけるという必要性もあって、そういうことをほのめかすものです(それどころか、当の宗教者自身がそれを信じていたりしています)。

それは、私たちがこの世の中をありのままに認識し、当たり前のことを当たり前にできていると錯覚しているところに原因があると思うのですが、実は、それが一番難しいことであるわけです。

ですから、宗教に特殊な魔法のようなものを期待するのは、かえって迷いを深めるようなものです(だからといって、密教や神秘主義を迷信のように思うのは大変な誤解です。実際は、密教こそありのままをありのままに認識し、当たり前のことを当たり前にできるようにするための実践的かつ総合的な方法だからです)

そのあたり、「もし極楽を通り過ぎては」というのは、実に言い得て妙だと思います。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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