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2010-04-10

桃水雲渓(11)

桃水雲渓(10)

さて、角倉某は心から桃水和尚に帰依するようになりました。そして「和尚様も年を追って老衰されているから、遠方に行った途中でお亡くなりにならないとも限らない。どうか、近くに御在所を定めていただきたいものだ」と考えるようになりました。

それである日、桃水を招いて茶飲み話をする中で切り出しました。

「およそ世の中では昔から今に至るまで、出家者というのは信者の供養施物によって生きていくのがならいですが、どうも和尚様はそれを嫌がっておいでのように思います。心底にどのようなお考えをお持ちかは我々俗人の理解できるところではありませんから、無理に供養の施主になろうとも思いません。
しかし、もし和尚様が施物を受けるのが嫌だとお思いになっているのでしたら、少しも信施にはならないもので、一生をとどこおりなく暮らしていける方法を思いつきました。お聞きになりますか?」

桃水は言いました。「そんなことが世間にあるものだろうか。合点のいかないことだ」

角倉が言うには、「われわれ俗人には算用というものがあります。我が家では大勢の使用人を養っていますが、それも算用が巧みであるので、財産を減らすこともなく代々相続しているわけです。ですから、暮らし方についての算用の妙を心得ています。もし、やってみてもよいとお思いでしたら、お話しいたしましょう」

「ふむ、まあ話してみられよ。どのようにして、信施に頼らない暮らし方ができるのか」

「私の家は、ご覧の通り、大勢の使用人を養っておりますので、朝夕大変な量の飯を炊いているのですが、ちょうど人数相応に炊くというのがなかなか難しいのです。少しでも足りなければ、急に訪ねてきた人たちに差し支えがありますから、まずは多めに炊いておきます。

そうすると、どうしても余ることが多くなるので、貧しい人に分け与えたりするのですが、それでも余ることが度々あります。大切なお米の飯を川に捨てるわけにはいかず、犬や馬、鼠や猫に食べさせるのですが、それでも余って、捨ててしまうことが多いものです。

そこで私は考えたのですが、この捨てる飯を使って酢を作れば、年に何樽もできます。その酢を売った代金で暮らしていけば、厳密には違うかもしれませんが、根本は施主がないものですから、信施とはいえません。もともと私が川に捨てるようなものですから、清浄物ともいえません。

もし、和尚様がそれもそうだと思われるのであれば、幸い北山の鷹峰に私の使用人で酢屋の茂助というものがおります。その隣に家があるのですが、それも私の持ち家ですので、そこに住んでください。老僕を一人おつけしますので、その者に酢を売らせて暮らせば、信施はまったく受けていないことになると思います。その老僕はうちで古くから働いていた者で、私が死ぬまで面倒を見るつもり者ですから、お気遣いはありません」

「なるほど、それはおもしろい考えじゃ。わしも次第に年老いてきて、あちこち往来するのが大変になってきたので、住まいを定めるのもよかろう。そういうことなら、お前さんが言うようにしよう」

そうして、最晩年を鷹峰で過ごすことになりました。

まあ、角倉の言ったことがこじつけだなどとわざわざ言うのは無粋な話ですが、桃水和尚もそれがわかった上で話を受けたことを確認しておくのは大切なことだと思います。

角倉はさすがのもので、桃水の性格や考え方をよくよくわかった上で周到な準備を整え、また、細心の注意を払った話の進め方をしています。しかも、それを実行するかどうかは、あくまで桃水の意志に任せています。だからこそ、桃水もそれを受けることにしたのではないかと思うわけです。

互いに、その機微がわかった上で話を進めているところが、この逸話の核心でしょう。そういうことをわざわざ言うのは本当に無粋なことではあるのですが。

もし、桃水がもう少し若くて、自分の体に自信があれば、いくら角倉が慎重に話を進めても受けなかったでしょう。老いを自覚し、それまでの生き方が難しくなったからこそ、角倉の話に乗ったのでしょうが、それでも、もし、角倉が押しつけがましさなどを感じさせたとしたら、絶対に受けなかったのではないでしょうか。

そう考えると、とても我が儘な話ですが、しかし、考えてみれば、禅林寺を出奔したときだって、冬安居の解制という締めくくりの場を放棄していったのですから、社会的には無責任で我が儘な話であるわけです。

でもって、さらに言えば、王子という立場を捨て、妻子を捨てて出家した釈尊だって、社会的には非常に無責任で我が儘です。

そもそも桃水和尚や風外和尚の話を取り上げたのは、真俗二諦の話から、出家とは社会からドロップアウトすることだという話の流れにおいてでした。

真諦の世界というのは、実は一般社会からすると、とても我が儘に見えるものです。というか、事実我が儘です。それは、社会の外に出て、お互いに無関係な立場であることによってのみ許されるのだと思います。

ですから、出家といえども社会と関わる中では、社会のルール、いわゆる俗諦を尊重しなければなりませんし、出家者がグループを作って一種の社会を形成すると、そこには社会を維持するためのルールが形成されなければならなくなるわけです。

桃水和尚が寺を捨てたのは、乞食に混じったり、馬子や駕籠かき、馬沓売りなどをして暮らしたというのも、そういう社会の束縛を拒絶し、自由の境地を追求するためだったのではないでしょうか。

そういう意味では、宗教の世界(真諦の世界)の住人であることを拠り所として、世俗の世界の中で世俗のルールに縛られないよう特別扱いを要求する勘違い宗教者には困ったものだと思います。

このあたりについては、次回、桃水和尚の遷化の様子と合わせてもう少し考えてみたいと思います。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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