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2010-04-13

桃水雲渓(13)

桃水雲渓(12)

昨日は、三点のうちの第一として、桃水和尚は徹底した自由の境地を目指したのであろうということを述べました。

最終的に角倉の好意により、経済的安定が保証された上に、在家信者の信施ではないという保証まで得た桃水和尚の最晩年は、実に理想的な境遇だったと思います。因果応報ということから考えれば、それまでの生き方が正しかったということではないでしょうか。

第二には、確かに桃水和尚は、寺に住んで衣食住が保障された生活を捨て去り、乞食(こつじき)生活に入りましたが、その内容は釈尊が実践されていた出家生活ともずいぶん違っているという点には留意が必要だということです。

釈尊の時代の出家についてはは、確かに真俗二諦(7)などで「社会からドロップアウトしたホームレス生活」とは書きましたが、それは大げさな書き方であって、実際には出家者としての規則と秩序を持っており、粗末な衣をまとっていても、在家の人々に清々しい印象を与えていました。剃髪や糞掃衣など、見るからに出家者というのが仏教の出家者です。

この点において、桃水和尚が剃髪の僧侶とはわからない姿になって乞食の群れに混じって暮らしたり、駕籠かきや馬子、馬沓売りなどをして暮らしたというのは、明らかに釈尊の時代の出家とは異質です。

また、これも以前書いたことですが、釈尊は出家した弟子に対して一切の生産活動を禁止し、布施によって生活を維持するように規定しました。自分の行為の対価として布施を受けることすらせず、教えを説いたことに対して捧げられた布施すら受け取りませんでした。

この点においても、生産活動(馬沓売り)や肉体労働に従事して生活の糧を得た桃水和尚は異質です。それどころか、角倉が指摘したように、古来、布施によって生きるのは出家者のならいであるのに、それを嫌がっていたわけです。

知法尼との逸話で、知法尼がいくら願っても布施を受け取ろうとせず、「捨てても、川に流してもよいから」と言った時、初めて、最上の布施の心がけだといって受け取ったということを考えると、布施の精神性(喜捨ということ)を重視したと見えなくもありません。しかし、そのときでさえ、受け取った布施は乞食たちに分け与えてしまい、自分の生きていくための糧とはしていないわけです。

最終的に、角倉の援助を受けることにはなりますが、それも、角倉が「信施ではない」という形を取ったからこそです。桃水和尚の生き方というのは、よく考えてみると、釈尊の説かれたところとは(少なくとも生活スタイルという点では)極めて異質です。

思うに、この桃水和尚の感覚や価値観は、確かに仏教の伝統の上にあるでしょうが、むしろ中国の老荘思想の伝統を濃厚に引き継いでいるのではないかと思います。というか、禅宗が老荘思想の影響を受けているのですが。

禅宗で重んじられる言葉に「和光同塵(わこうどうじん)というのがあります。「光を和らげ、塵を同じうす」と読み下しますが、優れた人が自らの内面の品性や才知を隠し、一般人と変わらない姿で生きていくことをいいます。

禅語とされることも多いのですが、もともと仏典ではなく『老子(道徳経)』の一節からきた言葉です。

ちょうど、中身もないのに教祖であるとか、生き神様であるとか、救世主であるとか、(ありえない)仏陀の生まれ変わりだなどと称して、一般人の上に君臨しようなどという人たちとは真逆の生き方をすることといえるでしょう。

禅宗では、一般人に紛れ込んで生きながら衆生を済度するというニュアンスで用いるようですが、老子は、そういう生き方をしたほうが束縛を受けず、無事に長生きすることができるというニュアンスで語っています。

桃水和尚の場合、五条大橋のたもとの病気の乞食の看病をしてやったりしていましたから、衆生済度という側面もありそうですが、東山にいた時、帰依する人が増えると、わずらわしくなって池田に移ったりしていますから、老子のニュアンスに近かったのではないかと思われます。

たいていの日本人であれば、桃水和尚のような生き方には感銘を受けたり、賞賛したりするでしょう。自分がするかどうかは別にして、否定的に評価する人は少ないのではないでしょうか。それは、一休禅師や良寛和尚に対する人気とも共通していると思います。

そういう観点からすると、日本人の精神性の根底にある老荘思想の影響について考えてみる必要があるのではないかと思います。儒教や仏教の影響ばかり注目されがちですが、むしろ、意識されていないぶん、無意識レベルに大きく影響しているのではないかと思います。

一つの思考実験として、儒教的価値観を体現したような人と、仏教的価値観を体現したような人と、道家的価値観を体現したような人がいたら、どうでしょうか。たぶん、道家的価値観を体現したような人が一番人気を集めるような気がします(仏教者でも、一休さんとか、良観さんとか、盤渓禅師とか、仙和尚とか)。

第三は、たぶん、現代の日本では、桃水和尚のような生き方は不可能であろうという点を指摘したいと思います。また、当然、釈尊の時代のような出家も難しくなっています。

国民国家というのは、領域内の住民すべてが国民として一律の扱いを受け、その枠からはみ出すことが認められません。そういう意味では、社会の枠外に出るという意味での出家は、ある意味で不可能になっているといえます。

明治維新と仏教の関係では、もっぱら神仏分離令とそれによる廃仏毀釈ばかりが取り上げられます。確かに廃仏毀釈によって受けた仏教のダメージ(特に天台宗と真言宗)は極めて大きなものですが、それ以上の影響を今なお与えているのは、明治5年(1872)の太政官布告265号で僧侶に苗字を義務づけたことだと思います。

なぜなら、名字は「家」のシンボルであり、世俗の名字と名前を捨てるというのは、頭を剃ることとともに出家の象徴だったからです。つまり、僧侶が名字を名乗るというのは、一国民として世俗社会の枠内に組み込まれたことを意味するわけです。

もちろん、同年の太政官布告133号で僧侶の肉食(肉を食べる)妻帯(妻をめとる)蓄髪(髪を伸ばす)を自由にするとしたことも重要ですが、これは義務づけられているわけではありません。

むしろ、もし名字を持たなければ、これほど肉食・妻帯・蓄髪(これはまだまだ限定的ですが)が浸透したかどうかわからないと思います。

そういう意味で、桃水和尚のような生き方は難しくなったわけですが、和光同塵の主旨から考えれば、世俗社会の一般人として生きるという選択肢もあります。この世での自由を目指すという意味では、出家を最上とする仏教より、むしろ老荘思想のほうが現代の日本人には向いているかもしれません。

本来の意味での出家が難しい日本の現状を考える時に、日本人の無意識に潜んでいる老荘思想的価値観を見直すことは意味のあることだと思います。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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