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2010-04-19

統一教会談義(前編)

昨日、私を含めた元統一教会員及び休眠中の教会員3人で、統一教会のについて議論をする場がありました。本来の目的は別件で、仕事の話をするために私が二人を紹介したのですが、当初から統一教会の話で盛り上がり、結局、気づいたときには約5時間も熱い議論を闘わせていたのでした。

その議論の中で、私自身も以前から漠然と考えていたことが明確になり、統一教会もしくは文鮮明氏についてどう向き合うかという点について、誰も拒絶できない、しかし、特に統一教会なり文鮮明氏なりを擁護する立場の人が意識的・無意識的に目をそらしている問題が整理されましたので、 今回はそれについて書いてみたいと思います。

昨日の参加者は、年齢順に次の通り。

A氏……統一教会に対する立場は、現実の教会組織は間違っているが、教えと文鮮明氏は正しい(だろう)というもの。組織が間違ったのは、弟子(幹部)が文氏の教えを誤解・曲解したためとする。教会に依存するのではなく、自分自身が文鮮明氏の御言の中から教えの真意を探り出し、実践して、その実態になっていかなければならないと考える。文氏が本当に正しいかという点を突っ込むと、文氏が本当に自分が言っている内容を完成しているかどうかはわからない、むしろ完成していないかもしれない、ただ、それに向かって実践していると信じるという立場。

B氏……統一教会に対する立場は、教会組織は間違っており、それは教えと文鮮明氏が間違っているからであるとする。教会内部の矛盾について悩み、いろいろな先輩や先生に聞いたが、誰も納得できる答えをする人がいなかった。ある時、ふと気がついて、もしかして根本がインチキであればと考えると、すべてがつじつまがあった。未だにそれを論破できる人に会ったことがない。組織が間違っているのは、確かに幹部に責任があるが、それをそうさせたのは文氏である。文氏と教えがインチキだと考えるのが、もっとも合理的だとする。

私………統一教会に対する立場は、教会組織は間違っており、文鮮明氏と教えも間違っているとする。ただし、組織の間違いは、必ずしも文氏と教えの間違いに由来するだけではなく、幹部の誤解・曲解に基づくところが大きい。とはいえ、文氏と教えに問題があるので、そもそも誤解・曲解がなかったとしても、行き詰まるであろうことは間違いない。だから、妥協なく文氏の教えを実践すれば、自ずから限界が来て、問題が明白に自覚するだろうから、無理に間違いを指摘するよりも、正しく実践する手助けをしたほうがよいと考える。

いわゆる文鮮明氏に関わるスキャンダルといわれるもの(文氏の出生に関する問題とか、日本留学時の問題、私生児の問題など)については、私とB氏は積極的に認め、A氏も大筋では存在を認めました。特に出生の問題(本当の父親は誰か)については、ほぼ見解が一致しました。

むしろA氏は、教会幹部が、自分たちはその事実を知っていながら、公式的にはそれを否定し、信者は無知な状態に置いておけばいいとしている現状については極めて批判的でした。それは、幹部が信者をコントロールするための都合しか考えていないというわけです。

ただし、そういうスキャンダルといわれるものは統一教会の根本的な問題ではなく、それを根拠に否定するというのは間違っているという点でも一致しました。

では、何についてそれほど熱い議論になったのかというと、「責任」という問題です。

統一教会は80年代から、信者に借り入れをさせて献金させるということを始めました。A氏によれば、80年代の終わりの時点で、その残高が約3000億円あったというのです。その後、残高が減るような返済はしていないということを考えると、たぶん、現在では十数兆円に膨らんでいるのではないかという恐ろしい話です。当然、教会員では自己破産が相次ぎ、中には自殺者も出ています。

幸せになるために入ってきたにも関わらず、不幸の極限に追い込まれているわけです。

この問題について、A氏が文鮮明氏の言葉を調べたところ、「借金をしてまで献金をしようとする心情はすばらしい」というようなことは言っているが、「借金をしてでも献金をせよ」というようなことを言ったという証拠はないそうです。

つまり、「借金をしてでも献金をせよ」というのは、当時(今も復活したそうですが)経済の責任者であったF氏が勝手に捏造した言葉であって、むしろ80年代に、F氏が借金をさせて献金を集めていたことについて文氏から叱責されたが、それをF氏が黙殺した事実もある、というのです。

A氏の見解によれば、文氏が人と金を集めよと言うのは、自分の教えを実践して、周囲の人々に対する愛を実践し、自分自身がそれらの人からメシアのごとき存在として認められるようになれば、自ずから人も金も集まるようになるから、それによって献金をせよと言っているのだというわけです。

※これは、確かに文鮮明氏の教えにはそういう内容があります。で、私もそれが本来のあり方だと思いますし、統一教会で実践をするなら是非そうしてもらいたいと思うわけです。ただし、統一教会の教えでは行き詰まりが来るだろうとも確信しているわけですが。

ですから、現在の統一教会の惨状は、弟子たちが文氏の教えを正しく理解して実践しなかったため、統一教会的に言えば、教会自体がサタン圏になってしまっているところに問題がある。教会の中にいてはそのことに気がつかないので、外に出た人間がコツコツと実践していくしかないと主張するわけです。

これに対して、B氏が猛烈に反論したのが「責任」という問題でした。そして、それを突きつめれば、文氏は最初から責任を取るつもりなどなく、詐欺を働いていたと考えるのがもっとも合理的だ、つまり文氏の動機に問題があるはずだとするわけです。

一方、私の主張は、B氏と同じくもっとも重要視するのは「責任」の問題ですが、むしろ動機に問題を置くより、どう責任を取ろうとしているかに注目すべきだという考えです。つまり、責任の取り方によって本物か偽物かが決まるのであって、その意味では最終的結論は出ていないとするべきだという立場です。

これらの論の詳細は次回にまわします。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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