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2010-05-14

六根清浄の大祓(9)

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六根清浄の大祓(8)

六根清浄の大祓(古今宗教研究所)

心は則ち神明の本主たり 心神を傷ましむること莫れ

前回は、心とは何かということが重大な問題だということ、六根清浄の大祓では「こころ」でも「意」と「心」の使い分けがあり、「意」は通常私たちが自分の心だと思っている顕在意識(現在意識、いわゆる意識)、「心」は潜在意識(無意識)だというところまで説明しました。今回は、これをもう少し詳しく考えていきたいと思います。

西洋において無意識を発見したのはフロイトであり、まだ100年少々しか経っていません。しかし、インドの大乗仏教においては4世紀に現れたとされる瑜伽行唯識派(ゆがぎょう ゆいしきは)の人々が無意識の世界について解明しています。

この人々は瑜伽行(ヨーガ、つまり瞑想のこと)を実践することによって、自らの心の奥底を探求していったのでした。

大乗仏教にはさまざまな宗派がありますが、すべての宗派はインド大乗仏教の二大学派である中観派の空の思想と瑜伽行唯識派の唯識の思想をベースとしていますから、すでに奈良時代以来、日本においても無意識の世界の存在は(そう呼ばれなくても)知られていたのです。

因みに、『西遊記』の三蔵法師として有名な玄奘三蔵がインドへ行ったのは、この唯識派の教えを学び、その経典を持ち帰るためでした。その系統が興福寺や薬師寺に伝わる法相宗ですが、これを最初に日本に伝えた道昭・智通・智達などは、玄奘から直接教えを受けています。

六根清浄の大祓も、この唯識の考え方をベースにしています(そのものでないことは、既に述べたとおりですが)。ですので、唯識でとかれる心のあり方について少し見ておきたいと思います。それによって次節以降もわかりやすくなると思われます。

唯識思想では心の働きを八識・九識・十識などに分類します。日本の唯識思想の中心である法相宗では八識説をとるため、唯識関係の本を見ると八識として説明がありますが、天台宗や華厳宗(けごんしゅう、日本では東大寺を総本山とする)では九識説、真言宗では十識説をとります。

ここでは、六根清浄の大祓を説明するためには十識説で説明するのが適当だと思うので、十識まで説明します。

ただし、これはあくまで六根清浄の大祓を説明するための方便であって、私が十識説をとっているというわけではありません。また、以下の説明は六根清浄の大祓を理解するためのものであって、学問的正確さを期するものではありません。念のため。

一般に、唯識では(法相宗の説に基づいて)八識を立てます。

第一 眼識(げんしき)…眼の感覚。視覚による認識作用。
第二 耳識(にしき)…耳の感覚。聴覚による認識作用。
第三 鼻識(びしき)…鼻の感覚。嗅覚による認識作用。
第四 舌識(ぜっしき)…舌の感覚。味覚による認識作用。
第五 身識(しんしき)…触覚による認識作用


以上の五つを「前五識(ぜんごしき)」ともいい、五感による認識作用のことです。唯識ではこれらも心の働きに含めます。

第六 意識(いしき)…分別判断し、思考する心。現代語の「意識」の語源だが、意味する内容は必ずしも一致しません。

以上の前五識と第六意識が顕在意識(意識)の領域になります。

第七 末那識(まなしき)…根源的自我意識。単なる自己中心ではなく、無意識のうちに働く自分というものに執着する心。煩悩の源泉とされる。

末那識というのは、人間というものを考える上で非常に重要なポイントなのですが、今回はそれが主題ではないので、深くは立ち入りません。

第八 阿頼耶識(あらやしき)…過去の一切の経験や記憶を蓄積するとともに、それを種子として一切の現象を生み出します。それらの現象は、再び阿頼耶識に蓄積されて将来の種子となります。

唯識においてもっとも興味深いのが、この阿頼耶識です。どこかに阿頼耶識というものがあるのではなく、過去の記憶や経験の集合体と考えるのが適切だろうと思います。そして、六根清浄の大祓において「意」として表されているのが第六意識で、「心」として表されているのが、この第八阿頼耶識です。

天台宗や華厳宗では、九番目の識である阿摩羅識(あまらしき)を立てます。これは無垢識(むくしき)・清浄識(しょうじょうしき)ともいって、仏性のことですが、神道で言えば、自分の心の内にある神様の分霊のこととみてよいでしょう。

さらに真言宗では、その奥に十番目の識である乾栗陀耶識(けんりつだやしき)を立てます。これについては、根源の神様としてよいかと思います。

簡単に図にすると以下のようになります。



そして、「神明の本主」たる心、傷ましめてはならない心神というのは阿頼耶識のことです。なので、次回は阿頼耶識について、もう少し見てみたいと思います。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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(2002/12)
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