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2010-05-17

六根清浄の大祓(10)

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六根清浄の大祓(9)

六根清浄の大祓(古今宗教研究所)

心は則ち神明の本主たり 心神を傷ましむること莫れ

前回は仏教の八識(九識・十識)を簡単に見た上で、六根清浄の大祓における「意(こころ)」が第六意識に、「心(こころ)」が第八阿頼耶識に相当するというところまで見てきました。

「神明の本主」たる心、「心神(わがたましい)を傷ましむることなかれ」という「心神」は第八阿頼耶識(あらやしき)のことだと言えるわけです。

厳密に言えば、「心神」というのは第九阿摩羅識(あまらしき)つまり自分の心の内にある神様の分霊(わけみたま)まで含むとも考えられます。しかし、実際には神様の分霊というのは般若心経などでいう「不生不滅 不垢不浄」ですから、傷ついたり汚されたりすることはありません。ただ、それは私たちの心として現れますから、心=阿頼耶識を傷つけたり、汚したりすれば、それは神様の分霊を傷つけたり汚したりするのと同じことになるわけです。

ですから、実際問題としては、阿頼耶識を傷つけたり汚したりしないということを考えればよいということになります。

では、阿頼耶識を傷つけるとか汚すとはどういうことでしょうか。

阿頼耶識の「阿頼耶」とは、サンスクリット語の「アーラヤ」の音写で、蔵とか貯蔵するという意味があり、意訳して「蔵識(ぞうしき)」といいます。。因みに、ヒマラヤ山脈というのは「ヒーマ(雪)」と「アーラヤ(蔵)」で、「雪の蔵」を意味します。

では、いったい何を貯蔵するのかというと、過去の行為や経験、思考、外部から入った情報など、あらゆる記憶です。言い換えれば、自分に関わるすべての過去のデータが蓄積されているわけです。

それどころか、生命発生以来のすべての情報、あるいは前世の情報がすべて蓄積されているといわれています。

ただし、阿頼耶識という何かがあって、そこにさまざまな過去のデータが蓄積されているというわけではありません。このあたりを厳密に考えるとややこしくなりますので省略しますが、自分に関わる過去の前データの集合体と考えればよいかと思います。

そして、阿頼耶識は自分に関わる一切を生み出す源泉となります。阿頼耶識に蓄積された過去のデータが種子となり、自分の行動であったり、思考であったり、言葉であったり、あるいは自分を取り巻く環境を作っていきます。それで、阿頼耶識のことを「一切種子識(いっさいしゅうじしき)」ともいいます。

以前、神様の分霊は自分の心というフィルターを通して現れるので、実際には自分の心を投影しているのだと書きましたが、それは、阿頼耶識のことです。

また、生長の家ではこれを映画にたとえ、神様を光源、心(阿頼耶識)をフィルム、現象を投影された画像とします。現象としての健康なスポーツマンも病人も、すべて心の影であるというわけです。

そして、肝心な問題は、この自分の心が自分では自由にならないというところです。これは非常に機械的なもので、自分の自由意志で直接コントロールできないどころか、自分の自由意志と思っているものが、実は阿頼耶識の影響下に置かれているのです。

自己啓発などでプラス思考とか積極思考というようなことを学んでも、たいていの人が挫折してしまうのは、この問題です。プラス思考をしようと思ってもできない、できたように思っても、現実逃避のパレアナ症候群だったりということになります。

それは、阿頼耶識、あるいは潜在意識・無意識というものがよくわかってないからです。

マイナス思考の強い人がプラス思考をしようとしても、なかなかプラス思考にならないというのは、その原因である阿頼耶識(潜在意識)にプラスの種子が少なく、マイナスの種子が多いからです。

プラス思考の種よりマイナス思考の種のほうが多いのですから、マイナス思考が生じやすいのは当然のことです。ですから、プラス思考をしようと頑張るよりも、プラス思考の種を蒔かなければならないわけです。

その方法は、簡単といえば簡単で(しかし、現実にはなかなか大変なのですが)、阿頼耶識(潜在意識)は過去のデータの集合体ですから、そこにプラスのデータを蓄えていけばいいわけです。そうすると、速効性は保証できませんが、確実にプラス思考ができるようになります。

例えば、毎日「ありがとう」を千回言いましょうというのも、阿頼耶識に「ありがとう」というプラスのデータを蓄積していく作業の一つです。思いが伴わなくても、言葉だけで十分なのです。

結構、ここを誤解している人がいて、先日話した人も、「ありがとう」と言えばいいというのは本で読んだけど、そんな「ありがとう」と思えるようなことがないし、そういう思いも伴わないから、自分にはできないと言っていました。

そうじゃなくて、思いは伴わなくてもいい、むしろ思いを伴わせようとすると反対の干城が湧いてくるので、ただ、何も考えずに「ありがとう」と言えばいいのだと説明したら、ビックリしたような顔をしていました。そういう誤解をしている人は非常に多いようです。

そして、この六根清浄の大祓でいう「心神を傷ましむる」というのは、阿頼耶識にマイナスのデータを蓄積するということです。

嫌なこと、つらいこと、腹を立てたことや、人に悪意を抱いたことなど、マイナスのデータがインプットされれば、その分、阿頼耶識はマイナスに染まります。それは、自分の心を傷つけ汚していくということになるのです。

続きます。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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