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2010-05-18

六根清浄の大祓(11)

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六根清浄の大祓(10)

六根清浄の大祓(古今宗教研究所)

心は則ち神明の本主たり 心神を傷ましむること莫れ

前回は、「心神を傷ましむる」とは、阿頼耶識(潜在意識)にマイナスのデータをインプットすることだというところまで説明しました。それは、我々の心の内なる神様の分霊(わけみたま)を傷つけたり汚したりするのと同じことです。

そして、阿頼耶識にインプットされたマイナスの情報は、マイナスの種子として蓄積され、マイナスの現象を生じさせます。幸も不幸も心次第、自分の阿頼耶識次第です。ですから、マイナスのデータを阿頼耶識に入れないということが非常に重要になるわけです。

これが「心神を傷ましむることなかれ」ということだというのは、もはや言うまでもないと思います。そして、心神を傷ましむるということが気枯れ(けがれ)=穢れになります。

阿頼耶識にマイナスのデータが蓄積されることにより、心が汚れ、あるいは曇り、神様の分霊の力が弱まってしまいます。つまり気が枯れてしまうわけで、これを気枯れ=穢れというわけです。

このことを踏まえれば、六根清浄の大祓(2)で見た『伊勢二所皇大神御鎮座伝記(いせにしょこうたいじんごちんざでんき)』に出てくる神託で、内外潔斎の日には死者の弔いや病人の見舞い、死刑の判決や刑の執行、武器の使用をしてはいけないというのも、阿頼耶識にマイナスの情報を入れてはいけないからです。本来、神様のお祭りをするというのは、それぐらい潔癖なものでした。

そうは言っても、神祭りをするために潔斎の日だけ徹底するということは可能かもしれませんが、日常生活でマイナスのデータを一切入れないというのはほぼ不可能です。どんなに安全運転をしていても完全に事故を避けるのは不可能なのと同じで、自分の行動を慎んでいたとしても(それも実際には極めて困難ですが)、他人から嫌なことをされたり、思いがけず嫌な場面に出くわしたりというのは、どれほど気をつけていたとしても避けられないでしょう。

それに対処する方法が、(みそぎ)や祓(はらえ)によって清める方法です。

禊というのは、水垢離や塩垢離(塩水で身を清めること)ですが、単に身を清めるだけでなく、それを通して心の穢れを清めることを目的とします。祓というのは、神前で祈ったり、祓詞(はらえことば)を奏上したりして、罪や穢れを取り除いていただくもので、当然、六根清浄の大祓を唱えるというのも、祓になります。

たまに神道を批判する立場の人から、禊や祓で罪や穢れがなくなるなどというのはご都合主義ではないかという批判がありますが、罪や穢れというのが阿頼耶識に蓄積されたマイナスのデータであり、禊や祓というのが、そういうマイナスのデータを書き換えるために上書きするデータだということがわかれば、何の不思議もありません。

そもそも、そういうことをいう人たちだって、念仏を唱えれば極悪人でも極楽に往生できるとか、イエス・キリストを信じれば罪が許されるなどという、それこそご都合主義的な信仰を持っていたりするのですが、それらも実はマイナスのデータを書き換えるためのデータをインプットしているのであって、禊や祓と変わることがありません。

また、大本「基本宣伝歌」考(7)で見た「ただ何事も人の世は 直日(なおひ)に見直せ聞直せ 身の過ちは宣(の)り直せ」という一節も同じで、データを上書きして書き換えろということです。

もちろん、本来的には、わざわざ禊や祓をしなければならないようなことは避けるということが「心神を傷ましむることなかれ」ということの基本です。いくらデータを書き換えたからといって、因果応報から逃れることができるというわけではありません。

しかし、それを軽減できる、あるいは微少なものであれば消滅させられるというのであれば、それに超したことはありません。

このあたりを追求していけば、我々が生きていくという上では、どのような宗教であれ(表現は異なっても)「心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ」ということが基本だということがわかります。

そういう意味でも、宗教は一般の道徳とは違います。宗教というのは、単に道徳的に生きるというのではなく、この宇宙の法則に則って上手に生きるという側面があるからです(もちろん、人間社会の道徳を無視するというわけではありません。それも宇宙の一部である上、自分にとって極めて関わりが深い部分ですから)。

そして、さらに、六根清浄の大祓は、ただインプットされたデータを上書きして書き換えるという通常の祓詞の機能だけではなく、マイナスのデータは書き込まないという要素もあります。

これは、教えとしてそういう部分があるということもありますが、それ以上に、この六根清浄の大祓を日常的に唱えることによって、いわばセキュリティソフトのような役割を果たすという、極めて優れものの効果があります。

それが「是の故に目に諸の不浄を見て…」以降の内容になるわけです。

続きます。 

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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