--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010-05-20

六根清浄の大祓(12)

人気ブログランキングへ
↑クリックの応援をお願いします。

六根清浄の大祓(11)

六根清浄の大祓(古今宗教研究所)

(こ)の故(ゆゑ)
目に諸(もろもろ)の不浄を見て 心に諸の不浄を見ず
耳に諸の不浄を聞きて 心に諸の不浄を聞かず
鼻に諸の不浄を嗅(か)ぎて 心に諸の不浄を嗅がず
口に諸の不浄を言ひて 心に諸の不浄を言はず
身に諸の不浄を触れて 心に諸の不浄を触れず
(こころ)に諸の不浄を思ひて 心に諸の不浄を想はず


是の故に 目に諸の不浄を見て 心に諸の不浄を見ず
耳に諸の不浄を聞きて 心に諸の不浄を聞かず
鼻に諸の不浄を嗅ぎて 心に諸の不浄を嗅がず


六根清浄の大祓の中でも、この部分が人気の秘密ではないかと思われます。意味ももちろんですが、唱えても非常に調子がよい部分です。『観音経』の「念彼観音力(ねんぴーかんのんりき)の繰り返しにも通じる、呪術的な力強さが感じられます。

ところで、「眼に諸の不浄を見て」から「心に諸の不浄を想わず」までは六根清浄の具体的な内容であり、ひとまとめにして取り扱ってよいところなのですが、口と意は注意を要するため、とりあえず鼻までで区切ることにします。

「是の故に」とあるように、ここからの部分は、人は神様の分霊をいただいた尊い存在なのだから世の中を静謐にする役割を果たしなさい、心は神明の主宰であるから心神(わがたましい)を傷ましめてはならない、という天照大神の神宣を受けて、私たちがどうすべきかということを説いた内容です。

ではどうすべきかというと、眼にさまざまな不浄なものを見ても、心にさまざまな不浄なものを見ず、耳にさまざまな不浄なことを聞いても、心にさまざまな不浄なことを聞かず、鼻にさまざまな不浄な臭いをかいでも、心にはそれらの不浄な臭いをかがない、というのです。

一体どうすれば、心に不浄を見ず、聞かず、かがないということが可能になるのでしょうか?

これは、既に見てきたとおり、心というのが仏教でいう阿頼耶識であり、心に不浄を見ず、聞かず、かがないというのが阿頼耶識にマイナスのデータを蓄積しないということだということがわかれば、その方法も明らかになります。

「眼に諸の不浄を見て」「耳に諸の不浄を聞きて」「鼻に諸の不浄をかぎて」というように、私たちは五感を通じてさまざまな情報を取り込んでいます。阿頼耶識には、自分自身の行為や言動や思い、仏教でいう身口意の三業(カルマ)も蓄積されますが、外部から入ってきた情報も蓄積されていきます。

事故や犯罪を目の前で見れば、その印象はマイナスのデータとして阿頼耶識に蓄積され、自分自身の行為と同様に「心神を傷ましむる」ことになります。自分が戦闘に参加しなくても、戦争に巻き込まれたということが心の傷になることを考えれば納得できる話だろうと思います。

あるいは、子どもに「バカだ、バカだ」と言って育てると、本当にバカになるという話もあります。これは阿頼耶識に「自分はバカなんだ」というデータが蓄積され、それが自分という存在を作り上げるからです。「お前には無理だ」「できっこない」などという言葉は、子どもの可能性を確実に削いでいきます。

マイナスの言葉をまき散らしたり、周囲の人に不快な思いをさせたりする人というのは、確実に周囲の人の心神を傷ましむる悪魔か疫病神のようなものです。

ですから、自分自身が不浄な行為をしたり、不浄な言葉を発したり、不浄なことを考えたりしないことも重要ですが、それに劣らず不浄な環境を避けるということも大切になるわけです。

もちろん、自分自身の行為のほうが影響が大きいのは当然ですが、自分の行為は自分自身を慎めばいいのに対して、五感を通じて入ってくる情報は、向こうから勝手にやってくるので、物忌みで引きこもってでもいないかぎり、完全に避けることができないぶん厄介です。

よく問題になったりする、日本で過剰に不浄・穢れが忌まれる伝統というのは、そのあたりから来ていると考えて間違いないでしょう。それが日本人の清潔を好む気質につながっているというプラスの側面もありますが、それが高じて潔癖症気味になったり、あるいは差別につながったりというマイナスの側面も否定できません。

しかし、外部から入ってきたマイナスの情報が心を汚し、「心神を傷ましむる」というのが避けられないというのであれば、本当に心は神明の本主だということができるでしょうか? むしろ環境の奴隷というべきではないでしょうか。

しかし、阿頼耶識の特徴を知っていれば、「心に諸の不浄を見ず」「心に諸の不浄を聞かず」「心に諸の不浄をかがず」というように、外部からマイナスの情報が入ってきたとしても、それを阿頼耶識にマイナスのデータとしては蓄積せずにすみます。

そのためには、もう少し阿頼耶識というものについて考えてみる必要があります。

続きます。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

↓一日一回クリックしてくださった方には、きっと何かいいことが起こると思います。
人気ブログランキングへ

小さなサトリ―ミニ・エンライトメントが人生を変える小さなサトリ―ミニ・エンライトメントが人生を変える
(2007/11)
無能 唱元

商品詳細を見る
スポンサーサイト

theme : 宗教
genre : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

こまいぬ

Author:こまいぬ
古今宗教研究所のブログです。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。