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2010-05-31

六根清浄の大祓(18)

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六根清浄の大祓(17)

六根清浄の大祓(古今宗教研究所)

口に諸の不浄を言ひて 心に諸の不浄を言はず

前回は、「心に諸の不浄を言わず」について、マイナスの言葉をプラスに言い直す、それができなかった場合は、マイナスの言葉以上にプラスの言葉を言う、という側面から見ました。

しかし、「心に諸の不浄を言わず」というのは、もう一つ重要な側面があります。それは、過ぎたことはクヨクヨしない、ということです。

当たり前のことですが、阿頼耶識にマイナスのデータを入れないようにといっても、完璧にそれを防ぐなどということはできません。よほど出来た人ならともかく、我々普通の人間にとって、マイナスの言葉を一切言わないなどということも、まず不可能です。

そして、厳密に考えれば、いくらマイナスの言葉をプラスに言い直したから、あるいはマイナスの言葉以上にプラスの言葉を言ったからといって、すでに発せられたマイナスの言葉の影響がまったくなくなるということも考えられません。阿頼耶識に何らかのマイナスの影響を与えていることは間違いありません。

しかも、真面目な人ほど、一つの価値観を提示されると、それを厳格厳密に守ろうとする傾向があります。特に日本人はその傾向が強いようです。そうなると、マイナスの言葉を発してしまった、阿頼耶識にマイナスのデータを入力してしまったということを必要以上に気にするということになったりするわけです。

過ぎ去ったことをくよくよ後悔するというのはマイナス思考の最たるものですから、それがよくないというのは当然のことですが、阿頼耶識の観点から見れば、後悔するというのは、心の中で失敗を再現し、阿頼耶識にマイナスのデータを入力するということになります。

つまり、一度した失敗を心の中でリプレイしながら、再度、三度、四度と入力することになるわけですから、その悪影響たるや大変なことになります。文字通り「心に諸の不浄を言う」ということになるわけです。

それなら、言わなければよかったというようなことをクヨクヨ思い返すより、プラスの言葉に言い直したり、それ以上にプラスの言葉をたくさん言ったりするなどして、自分の中で相殺できたことにしておくにこしたことはありません。

あるいは、反省が必要だと思うのであれば、言うべきでなかったマイナスの言葉を思い起こすのではなく、こう言えばよかったというプラスの言葉を考えればいいでしょう。何が悪かったと反省するのではなく、こうすれば善くなるという対策を考えればいいわけです。

そういう意味では、世の中にはご親切にも人の失敗や問題をいちいち指摘して教えてくれる人がいますが、こういうのは阿頼耶識の観点から見てもっとも悪質な人です。まだ、何も言わない人の方がマシです。

もちろん、本当に親切な人というのは、本人がマイナスの気持ちにならないように、どうしたらよいかという具体的で実行可能な対処を教えてくれる人です。

とはいえ、本当は、そういう悪質な人たちというのは自分たちも具体的で実行可能な対処法がわからないので、ただ相手の問題点をするだけなのでしょうが。

でもって、相手にはマイナスの気分を引き起こし、マイナスのデータを阿頼耶識に入力させておきながら、当人たちは「自分は親切にしてあげた」というプラスのデータを阿頼耶識に蓄積していくわけです。これほど悪質な人たちはいません。

私の知っている小教団のトップと幹部たちで、信者の問題は指摘してあげるのが本当の親切だなどと錯覚している人がいましたが、案の定、トップの身近にいる人ほど暗かったです。本当なら、近くにいる人ほど活き活きしていなければいけないはずですが、まあ、ご親切にも失敗を丁寧に指摘してもらって、しかも具体的で実行可能な対処法を教えてもらえなければ(そんなのわかって当然でしょうという感覚)、心も顔も暗くなるのは当たり前ですわな。

まあ、発展はあり得ないだろうと思っていますが、今のところ、信者が増えているようには見えません。でもって、そういう人たちに限って、他人の問題を指摘するのは親切だと思っていますが、他人から問題を指摘されることに対しては親切だとは思えない習性を持っていますから、こちらも問題を教えてあげることはできない(どころか、具体的で実行可能な対処法を教えてあげることすらできない)わけです。

まあ、それはともかく、「心に諸の不浄を言わず」という言葉には、過ぎ去ったことはクヨクヨ思い返さないという意味もあります。これは、他の五官から入った情報も同じで、人から嫌がらせをされたり、傷つけられるようなことを言われたりしても、それをクヨクヨ思い返さないということが大切です。

付け加えておくと、六根清浄の大祓で省略されている身業(体で行う行為)も同じです。阿頼耶識にマイナスのデータを入れないためには、マイナスの行為(悪しき行為)をしないというのがもっとも重要ですが、してしまったことについてはクヨクヨ後悔するべきではないというのも、それに劣らず重要です。また、してしまったことを思い返すような形で反省するのではなく、どうすればよくなるかという対処を考えるべきです。

それと同時に、失敗のマイナス面を見るより、プラス面を見ることも大切です。もちろん、悪いことを善かったと強引に解釈し直すというのは、将来、同じ失敗をする原因となりますから望ましくありませんが、その失敗を通じて自分の課題がわかったとか、さらに悪くなるところが助かったとか、プラスの側面を見て、よりよい将来につなげていくことが大切だということです。

クヨクヨ後悔するぐらいなら、悪いことを善いことだったと強引に解釈し直すほうがまだマシです。一見、世の中では悪人が栄えて善人が苦しんでいるというのも、そのあたりに原因があります。悪人はクヨクヨ後悔しませんが、善人というのは失敗を気に病んだりクヨクヨしやすいので。

さて、ここまで読んでくださった方の中には、阿頼耶識にマイナスのデータを入力しないということはわかるが、因果応報との関係はどうなのかと考える方がいらっしゃるかもしれません。事実、これは非常に微妙な問題です。

結論から言えば、因果応報から逃れることはできません。しかし、その影響を軽減することはできます。道元禅師が「彼の三時の悪業報必ず感ずべしと雖(いえど)も懺悔するが如きは重きを転じて軽受(きょうじゅ)せしむ、又滅罪清浄ならしむるなり」とおっしゃっているとおりです。

神道のお祓いや、仏教やキリスト教の懺悔が有効であるのも、そのためです。

次回はこのことを考えてみたいと思います。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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なるほど~

こまいぬさん!ご無沙汰でした。。ずっとパソコンの調子が悪くて(もう古いので・・)下手に触れなかったんですが、なんとか復活です!

それはそうと、なるほど!!です。
過ぎたことをクヨクヨ・・マイナスを何度もインプットしてしまっているんですね!
誰とは言わないですが、ラ行の娘・・まじめな子なんだなぁ

私にも身に覚えがあります・・若かりし頃ですけど(笑)
せめて、こうしたら良かった、プラスを考えたら良いのですね!
「具体的」で本当に嬉しいです♪
元気になりますよ~ありがとうございます!!

Re: なるほど~

>しーさー様

お久しぶりです。

このことは真面目な「善人」と分類されるタイプの人ほど
陥りやすい罠なんですよね。

ぜひマイナス分を取り戻すぐらいのプラスのデータを入力
してください。

ラ行の娘さん…、そういうタイプの子は下手に修正しようとすると、
かえって気にするようになったりしますから、おおらかに見守って
あげるといいんじゃないでしょうか。

するどいです!

うちのラ行の娘・・まったくもってこまいぬさんの推察通りだと思います。
下手に修正するとこでしたよ・・

どうしてわかるんですかね~さすがです!
やっぱり私は鈍いんですよ・・
結果はのんびりついて来る。。と自分に言い聞かせてます。今後もいろいろアドバイスお願いします!!

Re: するどいです!

>しーさー様

いえ、鋭いんではなくて、自分がそうだからです。

自分すらなかなか帰られないところを見ると、我ながらずいぶんだなあと
思うのですが、気にすると気になるので、気にしないようにしています。
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