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2010-06-11

六根清浄の大祓(25)

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六根清浄の大祓(24)

六根清浄の大祓(古今宗教研究所)

(わ)が身(み)は則(すなは)ち六根清浄(ろっこんしゃうじゃう)なり
六根清浄(ろっこんしゃうじゃう)なるが故(ゆゑ)に五臓(ごぞう)の神君(しんくん)安寧(あんねい)なり
五臓(ごぞう)の神君(しんくん)安寧(あんねい)なるが故(ゆゑ)に天地(てんち)の神(かみ)と同根(どうこん)なり
天地(てんち)の神(かみ)と同根(どうこん)なるが故(ゆゑ)に万物(ばんもつ)の霊(れい)と同体(どうたい)なり
万物(ばんもつ)の霊(れい)と同体(どうたい)なるが故(ゆゑ)
(な)す所(ところ)の願(ねがひ)として成就(じゃうじゅ)せずといふことなし


我が身は則ち六根清浄なり

前回説明したとおり、祓を修することによって、すべての原因である心が清浄になれば、結果である六根も身口意の三業も清浄になります。

因みに、「六根清浄なり(六根清浄である)と断言しているのは、単に六根が清浄になったという事実をいっているのではなく、これ自体が言霊の力による祓だからです。

六根清浄なるが故に五臓の神君安寧なり

「五臓」とは東洋医学で心臓・肺臓・肝臓・腎臓・脾臓です。因みに「五臓六腑」といいますが、「六腑」は胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦です。ただし、五臓にせよ六腑にせよ西洋医学の解剖学的な意味での臓器とは必ずしも一致しないとのことです。

「五臓の神君」とは五臓を主宰する神ということです。五臓それぞれに、『日本書紀』の神代七代のうち五代八柱の神、すなわち国狭槌命(くにさづちのみこと)・豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)・泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)・大戸之道尊(おおとのじのみこと)・大苫辺尊(おおとまべのみこと)・面足尊(おもだるのみこと) ・惶根尊 (かしこねのみこと) を当てはめる説もあるようです。

しかし、全体としてみれば自分の内なる神様の分霊(わけみたま)のさまざまな働きに名前をつけたものであって、ここでいう五臓の神君は、私たちの内なる神様の分霊のことと同じだと考えてよいでしょう。

また、五臓は東洋医学、六根は仏教の概念ですから、そのまま対応はしないのですが、東洋医学の考え方では、五臓と感覚器官には対応関係があるとします。例えば、肝臓は目と関係しており、心臓は舌、脾臓は口、肺臓は鼻、腎臓は耳に関係しているとされます。

話はちょっと脱線するのですが、『列子(れっし)』という書物に、これに関連する面白い話があります。

周の五代目の王である穆王(ぼくおう)が、崑崙山(こんろんざん)を越えてはるか西方を巡行したとき、ある国が偃師(えんし)という技術者を献上しました。穆王が偃師にどういうものが作れるのかと聞くと、一人の男を連れてきました。実は、それは偃師が作った役者の人形で、身のこなしは人間とそっくり、あごを動かしてやれば歌を歌い、手を動かせば舞を踊るというものです。

穆王は感心して、これは本物の人間ではないかと思って寵愛している側室たちと見物していたのですが、いよいよ演技が終わろうとするときに、その役者の人形が穆王の左右にいる次女たちに瞬きをして秋波を送りました。

それを見て穆王は大変怒り、偃師を殺そうとしました。偃師は恐れおののいて、その場で人形を解体して中身を見せたところ、本当に皮や木を膠(にかわ)や漆で固め、絵の具を塗って作ったものでした。穆王が細かく調べてみると、五臓六腑から骨・筋肉・皮膚・毛髪など、すべて代用品でできており、しかもすべて揃っていました。それを見て穆王は非常に感嘆し、偃師を都に連れて帰ったそうです。


この故事から人形使いのことを偃師というそうなのですが、この時、穆王が役者の人形から心臓を取り外すと口がきけなくなり、肝臓を取り外すと目が見えなくなり、腎臓を取り外すと足が歩けなくなったといいます。つまり、五臓と感覚器官との関係まで完璧だったということです(腎臓と足の関係はよくわからないのですが)。

そんなことで、東洋医学では体の各部が五臓に関連するので、目が悪くなると肝の機能が低下し、舌が悪くなると心の機能が低下し、鼻が悪くなると肺の機能が低下すると考えます。ですから、六根が清浄であれば五臓も落ち着き、当然、その主宰たる五臓の神君、その本体である私たちの内なる神様の分霊も安寧になります。

なお、ここでわざわざ「五臓の神君」という言い方をするのは、心と体の密接な関わりに基づくものでしょう。

東洋医学では、五臓は精神の働きや感情とも深く関わると考えられています。例えば肝臓は判断力や計画性、感情では怒に関わり、心臓は精神活動を統括し、感情は喜びに関わるという具合です。

肉体と精神活動や感情の関係は、現代医学でもだんだん明らかになっているようです。単に心だけではなく、心身ともに安寧というところが重要なポイントでしょう。そういう観点から「五臓の神君」ということを考える視点もおもしろいと思うのですが、そこまでの能力も余力もありませんので省略します。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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