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2009-12-04

慧春尼(2)

慧春尼(えしゅんに)の話を続けます。

出家の志を果たした慧春尼は、「勇猛に参禅した」といいますから、並大抵でない熱心さで修行に励んだことと思われます。

顔を火箸で焼いてまでして認められた特例としての得度(とくど)、しかも「女子供は挫折しやすい」とまで言われているのですから、そこらの男性修行者とは取り組み方が違っていたことでしょう。

悟りを得て、了庵(りょうあん)禅師から印可(いんか)を受けたのですが(言ってみれば免許皆伝ですね)、非常に弁舌に優れ、誰もかなう者がいなかったそうです。

そのような慧春尼の鋭い弁舌を伝える逸話があります。

ある時、了庵禅師が鎌倉の円覚寺(国宝の舎利殿で有名です)に使いを送らなければならないことがありました。

当時、円覚寺には名だたる禅僧がたくさんいて、下手に問答をするとやりこめられてしまうものですから、他の寺の僧侶はなかなか近づこうとはしませんでした。

そんなわけで、了庵禅師の弟子たちも尻込みをして、誰も行こうとはしません。そこで慧春尼が「私が行きましょう」と名乗り出、禅師もそれを許可しました。

一方、円覚寺の僧たちにも慧春尼の鋭い弁舌は伝わっていましたから、この機会にひとつへこましてやろうと待ちかまえていたのでした。

慧春尼が円覚寺の石段を登っていくと、突如、一人の僧が飛び出し、衣の前を広げて一物をそそり立たせ、「老僧の物は三尺」と言いました。

現代風に言えば露出行為です。三尺(約90センチ)というのは大げさにしても、かなり持ち物に自信があったのでしょう。まあ、出家者には宝の持ち腐れだと思いますが…

しかし、慧春尼はまったく動揺せず、自らも衣の前を広げて秘所を見せ、「尼の物は底なし」と答えました。それを聞いて、僧はシュンとなってしまいました。

女性と侮って意表を突く戦術に出たものの、あっけなく撃退されたわけです。


僧がシュンとなったと書きましたが、この原文では、「一衆の懡羅(まら)(おわ)れり」とありますから、そそり立っていた息子がなえてしまったと。いや、「罷」には疲れるという意味とやめるという意味がありますから、もしかすると役立たずになったのかもしれません。気の毒ですが、まあ、もともと使うあてのないはずのものですからねえ…

さて、門前の僧を撃退した慧春尼は、住職の部屋に通されました。

慧春尼を迎えた住職が、お付きの僧に向かってお茶を持ってくるように言いつけると、お付きの僧は足を洗うタライにお茶を点てて差し出しました。

しかし慧春尼は少しも慌てず、「これは和尚様が普段からお使いの茶碗のようですから、ぜひ、先に和尚様がお飲みくださって、飲み方を教えてください」と言ったものですから、住職は何も言えなくなってしまったそうです。

これによって、慧春尼の名はますます高まりました。


どうでしょう。単に弁舌が優れているというだけではなく、その基盤となる胆力・気迫が見事ではないでしょうか。

なぜ円覚寺の僧は、露出狂のまねをしたり、足を洗うタライでお茶を点てたりしたのでしょうか。

>禅宗が目指しているのは、何ものにもとらわれない絶対的な自由の境地です。例え現実は不自由であっても、心は絶対的な自由の境地にあると、どのような事態に遭遇しても動揺することがありません。

動揺するというのは、そこに自分のとらわれやこだわりがあるからです。自分という存在を自分自身のとらわれという観点から見つめ、それを一切捨て去った真の自由の境地を追求するのが禅宗といってよいでしょう。

とはいえ、いくら教えを学んだところで、それが自分のものになっていなければ単なる借り物です。

四聖の段階では、聞いた教えを記憶しているのが声聞(しょうもん)、それをきちんと理解して自分のものとしているのが縁覚(えんがく)、それを実践を通して体得する、自分が教えの実体となっていくのが菩薩(ぼさつ)でした。

※参照:http://rokkonshojo.blog98.fc2.com/blog-entry-3.html

これを禅宗に当てはめると、印可を受けるというのは、自分自身が悟りを得た縁覚の段階です。しかし、まだ自分自身が悟りの実体(つまり仏)になったわけではありません。

そこで、禅宗では印可を受けた後、「悟後(ごご)の修行」、つまり悟った内容を本当に自分のものとしていく修行が始まります。それが四聖の菩薩の段階に相当します。

そして、どこまでその境地が進んだかを競うのが禅問答ですが、当然、その境地が問題ですから、必ずしも言葉だけのやりとりとは限らない、全人格を賭けた勝負となるのです。

もし、慧春尼が円覚寺の僧の一物やタライに点てられたお茶に動揺すれば、そこに彼女のとらわれがあるということですから、そこで器量が量られてしまいます。ただ驚かないだけのことであれば人形と同じこと。

それらの企みにまったく動揺せず、しかも的確なお返しをして、ぐうの音も出なくしてしまったということが、慧春尼の境地を示しています。

この、どのような事態に臨んでも動揺しない、というところが多くの人を禅宗に惹きつけた魅力です。常に生きるか死ぬかという状況に置かれている武将や武道家、あるいは重責を担っている政治家や経済人などが、高名な禅僧に師事し、自ら座禅を組んだのも、ギリギリの状況にあっても動揺しない精神を養うためでした。

どんな状態にあっても動揺しない精神を養う、すなわち「莫令傷心神(わがたましいをいたましむることなかれ)」そのものです。

現代のような混沌として先の見えない時代こそ、そういう不動の精神が必要だと思うのですが、政治家や経済人はおろか、禅僧の中でもそういう精神を持ち合わせた人がどれだけいるのか…

まあ、人は人、自分は自分で、世の中のことを嘆くより、自分がしっかりすることが大切ですね。お互いに。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。
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