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2010-07-09

金光大神(8)

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五男が「四十二の二つ子」になるという問題については、養母が自分が育てるといったので任すこととし、念のために新年生まれということにして、名前も寅年ではなく卯年生まれとするために「宇之丞」とすることで、決着しました。

しかし、この新しい年は文治にとって42歳の大厄です。新年の歳徳神をはじめとする神々へのお礼、氏神様への参拝に続いて、近隣の有名な神社仏閣へ厄晴れの祈願に行きました。

まず1月4日には備後国の鞆(現在の広島県福山市鞆町)の祇園宮(現在は沼名前(ぬまくま)神社となっている)に参拝し、「奉祈念家内安全」と書いた木札をいただいてきました。

14日には備中国一宮である吉備津宮(岡山市北区吉備津の吉備津神社)に参拝し、「鳴釜(なりかま)神事」をお願いしました。

これは、桃太郎のモデルとされる吉備津彦命(きびつひこのみこと)と温羅(うら)の伝説に由来し、上田秋成の『雨月物語』にも取り上げられているもので、今でも吉備津神社の御釜殿でお願いできます。

御釜殿には竈があって、釜で湯を沸かしています。神事を行うときは、竈の前に祈願したお札を祀り、神官と阿曽女と呼ばれる女性が竈をはさんで座ります。
神官が祝詞を奏上すると、阿曽女は釜の上に置かれたせいろに玄米を少し入れます。すると、釜がうなり声のような音を発し、祝詞が終わる頃にやみます。これを「おどうじ」といい、その大小長短で吉凶を占います。鳴らなければ凶とされます。

文治が釜鳴神事をお願いすると、珍しいことに「おどうじ」が2回もありましたので、「これは繁盛できるのだ。ありがたいことだ」と思ったそうです。

そして、そのまま備前国の西大寺観音(岡山市東区西大寺の西大寺観音院)に参拝しました。金光教本部教庁の『金光大神』によれば、この日は西大寺の会陽(えよう)で、文治もそれに参加したそうです。

これは裸祭りともいわれ、現在では2月第3土曜日に行われます。ふんどし一丁になった男たちが西大寺に参集し、真夜中に御福窓から住職が投下する宝木(しんぎ)を奪い合うという、大変勇壮な行事です。

参加した人は厄を除き福を招くといわれるそうですから、やはり厄除けのためにわざわざ参加したのでしょう。そして、15日の夜に帰宅しました。

疫神である鞆の祇園宮への参拝、吉備津宮での鳴釜神事、西大寺の会陽への参加と、かなり念入りに厄晴れの祈願をしていることがわかります。

ところが、その念入りの厄晴れ祈願にもかかわらず、文治は病気で生死をさまようことになります。

4月25日に気分が悪くなり、26日にはかなり具合がわるくなったので、医者を呼んで薬を飲み、神仏に祈願しましたが、「のどけ」になりました。のどがはれ上がり、高い熱が出て、ものもいえず、湯水ものどを通らないという状態で、医者からは「九死に一生」だと言われました。

しかし、文治は心を確かに持ち、神仏に身を任せました(私は心実正、神仏へ身任せ)。自分にできるかぎりのことはやった、後は神仏にお任せするしかないという境地になったのでしょう。

ちょうど麦の取り入れで忙しい季節です。文治はものが言えないので、付き添っている妻に、手まねで外に出て仕事をするようにいいました。親類が集まって、小麦の脱穀を手伝ってくれました。しかし、みんな心配して仕事の手が止まり、「宇之丞を育てにゃよかったのう」とか「死なれてはつらいものじゃ」「これは仕事どころではない」などと話し合っていました。

それでも、ともかく早く仕事を片付けて、神様にお願いしようということになりました。そして、文治の義理の弟で石鎚山の先達の古川治郎を中心に、石鎚の神様をはじめとする神々へ病気平癒の祈願をしました。

すると、古川治郎に神懸かりがあり、「この家の建築、移転について、豹尾神、金神へ無礼をしている」というお知らせがありました。

これを聞いた妻の父の古川八百蔵は、「この家において金神様のお障りはない。きちんと方角も見て建てた」と言い返しました。八百蔵にしてみれば、文治がどれほど念を入れて金神へのご無礼がないように気を使っているのを知っていましたから、侵害であったに違いありません。また、こういう場合、非がないことを強く言い返さなければ、自分たちに非があることを認めたことになるとされていたそうです。

すると、治郎に懸かった石鎚の神は、「それなら、方角を見て建てたら、この家は滅亡になっても、亭主は死んでも構わないのか」と言いました。

この言葉を聞いて、文治はハッとしたに違いありません。たぶん、長年心に引っかかっていたことが解けるような思いがしたことでしょう。

続きます。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

参考:
『金光大神』『金光教教典』(金光教本部教庁)
『新訳 金光大神御覚書』(金光教日本橋教会)


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