--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2009-12-10

『人生は勉強より「世渡り力」だ!』岡野雅行著

いくら高尚な教えや理論を学んだとしても、それを現実の生活に活かそうとすると、泥臭い処世術や世俗道徳そのものだったりするものです。

世の中で成功を収めている人というのは、教えや理論を現実に即した形で実践しているからこそ、成功しているのです。

姑息な真似をして一時的な成功を収めることしかできない人でも、その一時的な成功のためには、それなりに理に適ったことをやっていなければなりません。ずるいことをやって人を出し抜いている人の中にも、成功する人できない人がいることを見れば明らかです。

つまり、現世での成功というのは決して偶然の産物ではなく、多かれ少なかれ宇宙の法則に適った背景を持っているわけで、宗教的な教えや理論を現実に活かそうとするならば、特に継続的な成功を収めている人物や企業については研究する必要があります。

そこで取り上げたいのが『人生は勉強より「世渡り力」だ! 』岡野雅行著(青春新書インテリジェンス)。

著者の岡野雅行氏は「痛くない注射針」や「リチウムイオン電池ケース」を開発し、「世界一の職人」と呼ばれる人物。テレビなどでもよく取り上げられるので、知っている人は多いと思います。

岡野氏は、たしかに技術、腕は大切で、それを磨かなければ話にならないが、それと同じぐらい大事なのが「世渡り力」だ、と言います。世渡り力がなければ、いくら優れた技術を持っていても、仕事も人生もうまくいかないというわけです。

ただし、岡野氏のいう世渡り力というのは、ただおべっかを使ったり、人を陥れて自分だけが得をするというような「うすっぺらい世渡り上手」ではなく、「人と情報のマネジメント力」だといいます。

たしかに、どんな優れた技術を持っていても、それを必要とする人に認知され、注文に来てくれる人がいなければ発揮できません。岡野氏の「痛くない注射針」にしても、テルモから注文されたから開発されたわけで、誰にでも頼める仕事ばかり持ち込まれていたのでは力を発揮する場が与えられません。

自分の力を発揮できる場を得てこそ、さらに自分の力を伸ばすことが可能になるわけで、そう考えれば、能力を向上させるという点でも世渡り力をつけるということは大切だと言うことになります。

また、世の中善人ばかりではなく、まあ、本当の悪人というのはそれほど多くはないにしても、相手がボーッとしていればちゃっかりと悪人になり、敵わないと思えば善人になるという普通の人が大半ですから、いくら能力があっても、マネジメント能力がなければ、いいように利用されてお終いです。

自分の人生を振り返ってみて、つくづく世渡り力に欠けていたなあと思います。私の師匠から指摘されていても、ピンとこないところがありました。まあ、だんだんにわかってきて、これではいけないと努力するようになったわけですが。

で、この本の内容ですが、とにかくおもしろいです。まあ、とにかく読んでみてください。最初から最後まで捨てるところがないぐらい、おもしろくてためになる内容ですから、という感じです。

で、宗教関係のブログでこの本を取り上げることについて、一言。

私は、この本は並の宗教書より宗教的な内容があると思っています。特に現実世界における大乗仏教の実践って、こういうものだと思います

まず、岡野氏の「世渡り力」のベースには、世の中の有様や人間の心理について、ひとりよがりな思い込みや願望を排し、ありのままに見つめる目があります。これは、仏教における「正見(しょうけん)」つまり正しいもの見方、ありのままに見るということです。

また、岡野氏は、商売のポイントは他人を儲けさせることだといいます。これは「布施(ふせ)」の精神です。布施というとお坊さんにお金を寄進することという思い込みがありますが、本当の意味は「広く施す」という意味です。

※「布を施す意味だ」などという人がいますが、とんでもない間違いで、「布」は広くという意味です。ですから、「布施」は広く施す、「布教」なら「広く教えを伝える」という意味になるわけです。

取引相手、仕事を持ち込んでくれた人、仕事がまとまるまで尽力してくれた人、すべての人が儲かるようにしていけば、またみんなが仕事を持ってきてくれるようになる。当たり前のことのようですが、実に仏教の精神そのものです。

あるいは、口の軽い人間というのは、普通ならつきあうのにマイナスな相手として遠ざけるものですが、岡野氏はそういう人間にも活用法がある、といいます。これは「般若(はんにゃ)」すなわち自由自在な智慧といっていいでしょう(般若の面のことではありません)。

そして、町工場と思ってナメてくる大企業などは、きっちりと返り討ちにする。騙されっぱなしにはしないというのですが、仏様の中にも怒りの姿を現した不動明王(ふどうみょうおう)などがいらっしゃるように、まともにつきあったのではダメな相手には、厳然として厳しく対処しなければなりません。

観音様だって、馬頭観音のような恐ろしい姿をすることがあるのです。

というように、岡野氏のいう「世渡り力」は、実は仏教で説かれている内容を具体的に現実で展開したものだと言って間違いありません。難しい言葉を並べた仏教書より、よほど身になるというと言い過ぎかもしれませんけれでも、そういうものです。

そして、岡野氏のいう「世渡り力」は、以前の日本人にとっては当たり前の内容でした。つまり、かつての日本は(今でも残っていると思いますが)仏教的価値観が生活の中に当たり前に生きていた、つまり宗教というのは日常生活から離れた特別なものではなかったということです。

ところが明治以降、特にキリスト教のプロテスタントが入ってくることによって、宗教というのが日常生活とは別次元のもの、何か高尚な特別のものと思われるようになり、日本人にとって当たり前の感覚(本当の宗教性)が宗教と切り離されてしまいました。

日本人が自分たちを無宗教と思っているのはそのためで、本当は当たり前すぎて宗教とは思っていないだけのことなのです。無宗教とは言っても初詣や墓参りをしているじゃないか、となどというのは、表面的なほんの一部分を見ているに過ぎません。

ですから、この本は楽しんで読めばそれで十分なのですが、同時に、宗教というのはこういうところにあるのだということを心の片隅に留めておいていただければ、と思います。

お勧め度 ★★★★★(星五つ)

スポンサーサイト

theme : 幸せになるための本
genre : 本・雑誌

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

注文しました。

今から本が届くのが楽しみです!

Re: 注文しました。

>しーさー様

ぜひ読んでみてください。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: タイトルなし

>プラトヤー様

コメントありがとうございました。

よき方向に導かれることをお祈り致します。
プロフィール

こまいぬ

Author:こまいぬ
古今宗教研究所のブログです。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。