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2009-12-11

縁起について(1)

釈尊は菩提樹の樹の下で悟りを開き、仏陀(目覚めた人)となられました。そのお悟りの内容が「縁起(えんぎ)」だとされます。

これからしばらく、この縁起について考えてみたいと思います。

縁起というと、一般には「縁起がいい」「縁起が悪い」など、よいことや悪いことの前兆という意味で使うことが多いように思います。また、お寺や神社の由緒来歴という意味で使うこともよくあります。

しかし、本来は「因縁生起(いんねんしょうき)」すなわち「縁に因(よ)って生起する」という言葉を略したものです。

もともと「因」も「縁」も原因の意味なのですが、「」を原因(直接的原因)、「」を条件(間接的原因)として区別します。「因」と「縁」が結びつくことによって結果(果)が生じるというのが「縁起」すなわち「因縁生起」です。

「因」と「縁」がそろったときに「果」が生じるので、「因縁果(いんねんか)」ともいいます。

因=原因(直接的原因)
縁=条件(間接的原因)
果=結果


因(原因) + 縁(条件) = 果(結果)

また、「」を関係性として、複数の原因・要因が関係を結ぶことによって結果が生じるという解釈をすることもできます。

わかりやすくするために、例を挙げて考えてみましょう。

文字色例えばヒマワリの花で考えてみると、種が因(原因)、花が結果となります。ところが、種さえあれば、芽を出して葉を茂らせ、ヒマワリの花が咲くかというと、絶対にそんなことはありません

花を咲かせるためには、土や水、太陽の光、栄養分などが必要です。この土や水、日光といったものを縁(条件)といい、因(原因=直接的原因)縁(条件=間接的原因)と結びつくことによって果(結果)を生じる、花を咲かせるわけです。

因(種) + 縁(土・水・日光等) = 果(花)

あるいは、ある種の病気について遺伝などの先天的要因によるものか、環境や生活習慣などの後天的要因によるものかが議論になったりするようですが、縁起から考えると意味がありません。

因(先天的要因) + 縁(後天的要因) = 果(病気)

つまり、因と縁のどちらが欠けても病気にはならないということです。

また、例えばオリンピックで金メダルを取るということ考えてみましょう。

やはりオリンピックで金メダルを取るというのは、人類で一番になるということですから、努力だけでは不可能で、持って生まれた資質が不可欠でしょう。ということで、因(原因)資質としましょう。

しかし、いくら資質があっても、努力してそれを伸ばさなければ結果には結びつきません。ですから、本人の努力を縁(条件)と考えます。

因(資質) + 縁(努力) = 果(金メダル)

いくら資質があっても、本人の努力がなければ結果には結びつきませんし(資質だけで出せるレベルならともかく)、どれほど努力しても資質がなければ、一定以上の結果を出すことは難しいものです(だから価値がないというわけではありませんが)。

資質があるから結果が出せるとは限りませんし、努力をしたから結果につながるとも限りません。資質と努力の両方が揃わなければいけない、つまりどちらも不可欠の要因だということです。

通常、因果といえば一つの原因に対して一つの結果が生じるという一因一果の関係でとらえることが多いのですが、縁起という考え方においては、一つの結果に対して、必ず複数の要因があると考えます。

ですから、☆☆をしたから★★になる、などということは絶対に言えません。まず、この点を押さえておくことが重要です。

以下、続きます。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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theme : 宗教
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Re: 一ヶ月

>なでしこ様

ありがとうございます。

これからもがんばるつもりですので、よろしくお願いします。
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古今宗教研究所のブログです。

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