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2010-01-12

善と悪について(7)

善と悪についての考えてきましたが、とりあえず、このあたりで一区切りしたいと思います。

まず、昨日も書いたように、純然たる善や純然たる悪は滅多にありません。というより、まずないと言って間違いないでしょう。「ほとんど白」とか「ほとんど黒」であっても、実は灰色だということです。

もともと日本人が物事を曖昧にするというのは、そのあたりのことがわかった上で、結論を双方が合意できる一番適切な落としどころに持っていくためでした。しかし、現代においての曖昧な結論は、意味が違うように思います。

現代の日本では、何でも善か悪かに分類しようとします。白か黒に分けようというわけです。

ところが、実際には灰色ですから、見る立場によって、白(善)と言える根拠もあれば、黒(悪)と言える根拠もあります。「ほとんど白」とか「ほとんど黒」という場合は、まあ、一般的通念として普通の人なら白、黒に分けます。しかし、それほど明確でないことについては、それぞれの価値観や思惑、都合によって白と言ったり黒と言ったりします。

つまり、「善と悪について(3)」でも書いたように、一般に善悪の基準については自分の都合によって決められているわけですが、それは灰色の、善と言える要素もあれば、悪と言える要素のあるものを、善か悪かのどちらかに分類しようとするために起こることです。

もともと善とでも悪とでも言えるわけですから、善と思いたい人には善と見え、悪と思いたい人には悪と見える。世の中の大半の人は、物事を厳格な基準に基づいて考えることはありませんし、自分の心の動きというのにも無頓着ですから、その基準が自分の都合によるものであっても、それに疑問を抱く人はそうそういません。

特に自分が善の側であることを根拠として他の人間に優越する存在であることにアイデンティティを求めている人たちは、常に自分が善であり、自分と異なる考え方をする人は悪であることが、自分のアイデンティティを守るためにもっとも重要になります。ですから、意識的・無意識的に自分が善であるために必要なものを善、邪魔なものを悪とします。そこに矛盾があっても、ダブルスタンダードなどといわれても平気です。

例えば、人権派といわれる人たちが、人権を根拠として、自分たちとは異なる立場や意見の持ち主の人権を平気で踏みにじるようなケースです。自分のアイデンティティを守るということが基準ですから、限りなく黒に近いことでも、自分のアイデンティティを守るために必要であれば、善ということになるわけです。

あるいはヤのつく商売の人たちが因縁をつけるのも同じです。あの人たちは、物事にはどんなことでも善悪両面があることを熟知していて、自分のやったことの善の要素については極小であっても極大に扱い、悪はどんなに大きくてもなかったかのように扱います。また、相手の善についてはどれほど大きくてもなかったかのように扱い、悪については極小であっても極大として扱います。そして、特に一般人の場合、悪くないはずなのに自分が悪いかのように思わされてしまうわけです。

これも考えてみれば、灰色のものを白か黒に分類しようとする思考をうまく利用されているというためではないでしょうか。物事すべて灰色であって、ただ善の要素と悪の要素の配分が違うだけだということをしっかり認識しておけば、そういうトリックには騙されなくなるはずです。

このようなヤのつく商売の人たちと同じ論法を使うのがカルトと批判される類の宗教団体です。

まず、彼らはこの世に完全な善があるかのように設定します。次に教祖をその善の体現者とし、それ以外の人間は完全な善が実践できない、つまり悪なる存在だということにされます。

そして、教祖に何か不都合があった場合も、それは教祖が信者もしくは幹部の問題を肩代わりしたからということにされます。そのようにして信者に罪悪感を植え付け、支配を強めていくわけです。

冷静に考えれば、ヤのつく商売の人たちと変わらないやり口です。

ですから、「教主様にご迷惑をおかけして…」とか「教主様が犠牲になって…」などという言葉が日常的に使われている教団は警戒したほうがよいでしょう。まして、それによって自分が罪悪感を持ったり、鬱状態になっているような場合は、質の悪いカルトに引っかかっていると自覚するべきです。

だいたい、教主などというのは、信者の犠牲になるからこそ値打ちがあるのであって、犠牲にならない教主など教主の意味がありません。

ずいぶん脱線しましたが、要は、世の中の物事にはすべて善の要素と悪の要素がある、ただ、その配分が違うだけだということが忘れられがちなことが問題です。

そして、現代人が物事を曖昧に決着しようとするのは、本来、単純に善悪に分けられないことを善悪に分けようとするところに問題があります。しかし、それに関わる人全員が納得する基準がありえないため、相互の人間関係を損なわないことを重視して決着をつけない、つまり結論を出さないという意味での曖昧な決着になるわけです。

白黒のつかないものは敢えて白黒をつけず、双方の納得する地点を落としどころにするという、日本の伝統的な曖昧な決着とはまったく似て非なるものです。

世の中の物事を善か悪かに分けてしまうことができるなどという錯覚が、今の日本の行き詰まり(というか、たぶん世界の行き詰まり)の大きな原因になっていることは間違いありません。

そして、世の中の物事にはすべて善と悪の要素があるということを理解することは、因果応報ということを考える上でも重要な意味があります。

それは、純然たる善や純然たる悪がない以上、一つの行為による苦楽の結果を必要以上に恐れることはないし、完璧な善を追求する必要もないということです。

また、完璧な善がない以上、完璧な善人などと自ら称しているような人については偽物である、むしろ悪なる部分を隠しているという意味で悪質な人だという判断を下して間違いありません。ですから、そういう人から押しつけられる因果応報の脅しなどは気にかける必要はまったくないということも大切です。

さらに、自分自身が善行をしたというときでも、それによる驕りは禁物です。むやみに神経質になる必要はありませんが、それでも、自分は善のつもりであり、目につくかぎりにおいて望ましい結果につながっているというときでも、見えないところで望ましくない結果があるかもしれない、だれかに苦痛を与えているかもしれないと自覚しておくことは、自分自身が謙虚になるために有効だろうと思います。

それともう一つ、一番肝心なことですが、楽と苦の果によって善悪が決まり、しかも物事には善の要素と悪の要素があるということから、何が善で何が悪かを決めていけば、だいたいにおいて(特に自分の利害が関わらない部分で)昔からいわれている善悪の基準に従うのが無難だということです。

例えば少し前、ジェンダー問題に取り組んでいるという東海地方の自治体で、男女の差別をなくすためと称して、トイレの表示を男女の区別がわかりづらいものにしたという話がありました。ところが、そのために男性用のトイレと女性用のトイレを間違うトラブルが発生して、今後も継続するかどうかが問題になっているということがニュースになっていました。

その後、どうなったかは聞いていませんが、それを推進した人にとっては、それが善だと思ったのでしょう。自治体において、そういう活動を推進できるような立場の人ですから、決して頭が悪いということはないはずですが、男女のトイレの標識を同じようにすれば、そういう混乱が起こるという、少し考えればわかりそうな結果が想定できていなかったわけです。

昔から言われていることというのは、すべてが正しいとはいわないまでも、長い歴史の中での先人の経験に基づいているわけです。ちょっと利口な人が頭の中でこねくり回したような理屈とは違います。

まあ、時代や情勢、環境が変われば(すなわち縁が変われば)、必要な内容も変わるのは縁起の観点からして当然ですから、何でも先例を墨守するというのでは確実に望ましくない結果を生じることになりますが、基本的には先人の智慧を活かすというのが賢明であろうと思います。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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全てはグレー!!

これ、目からウロコでした。。良くも悪くも、自分には、思い込みやら勘違いやらがたくさんあって・・このことを教えてもらわなかったら、実体のない純然たる善や悪にこだわって、一喜一憂し続けたでありましょう。。ありがとうございました。しかし、ヤのつく人達と同類なご一行様には、早く気付いてもらいたいものですね。

Re: 全てはグレー!!

>しーさー様

> しかし、ヤのつく人達と同類なご一行様には、早く気付いてもらいたいものですね。

本当に私もそう思います。
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