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2010-01-25

先祖の因縁(4)

知人から電話が来たことから少々話題がそれましたが、話を元に戻します。

先祖の因縁というと、納得する人は多いのだけども、しかしマイナスのイメージが強い。それは先祖の因縁を信じている側の問題が大きいということを説明してきました。というのは、一般に信じられている先祖の因縁というものが、あまりにも単純化され、不適切なものになっている上に、悪質な宗教者もどきが人を脅し、信者を獲得したり、お布施を強要する手段になっているためです。

そして、その問題の第一として、先祖の因縁に限らず、因果応報というのは自分が以下に生きるべきかという観点から考えられるべきであるにもかかわらず、そういう視点が欠落していることが多いということがあります。問題の原因から自分が抜け落ち、そのため、一生懸命に供養しても自分としての必要な努力が抜けている人が少なくありません。ですから当然、いくら供養しても物事が解決しないわけです。

以上が、これまでの話でした。

今日は、第二の問題として、先祖の因縁といいながら、縁起ということがわかっていないということを取り上げたいと思います。一般に信じられている先祖の因縁というものが単純化されすぎ、不適切なものになっているという問題です。

仏教では、すべては縁起によって成り立っていると考えます。縁起とは何度も説明してきましたが、

因(原因・直接的原因)+縁(条件・間接的原因)=果(結果)

つまり、すべての事象は複数の要因によって成立するということでした。一つの原因に対して一つの結果が生じるという一因一果説ではないのですが、先祖の因縁を信じている人で、そういうことを意識している人はあまりいません。

「意識している人は」というのは、普通の人は、教義などとして明確に意識化されていることと、実際にはそれが厳密に適用できないことを漠然と感じていて、実際の世の中の有り様からこうだろうという暗黙知にずれがあっても、あまりそれを問題にせず、適宜使い分けているからです(特に信者側は)。

そもそも先祖の「因縁」というぐらいですから、本来、一因一果の単純な因果律を前提にしていないことは明らかです。

ところが、教祖やら教団の指導者やらのほうが、単純化した一因一果の因果律を強く信じていたりします。ですから、何か問題が起こったときに、それは先祖にこういう問題があって…などという話をして、だから供養しないといけないという話になっていくわけです。

例えば私が聞いた話では、統一教会の霊感商法では、内蔵関係の病気で手術をしなければならなくなった人に対し、それは先祖に武士がいて、人を切ったから、今度は子孫が切られることになったのだ、などという説明をしていたそうです。

まあ、霊感商法の霊能者なんて、正真正銘の偽物(不思議な言い方ですが)なんですけどね。

現実に即して考えてみれば、そういう手術をしなければならないというのは、まず本人の不摂生が最大の理由です。先祖の因縁があったとしても、本人が自分の体を大切にしていれば、手術までしなくてもよいはずです。ですから、むしろ先祖の因縁をいうのであれば、自分の体をいたわらない傾向を考えてみるべきところでしょう。

しかし、それ以前の問題があります。

冷静に考えてみましょう。武士が人を切ったといえば戦国時代ですから、約450年ぐらい前とします。一世代を平均20年(平均20歳で子供を産むと考える)として、23代前としましょう。

23代前の先祖が何人いるかと単純計算すると、2の23乗で8,388,608人になります。まあ、重複する先祖が少なくないはずなので実数はずっと減るにしても、膨大な数字です。そして当時の人口は、こちら社会実情データ図録)によると関ヶ原の合戦の時で1,127万人だろうとのこと。まあ、1千万少々ということです。さらに当時は武士と農民の区別は曖昧でしたし、その後に帰農した武士も少なくありませんから、まあ、日本人なら全員、当時切ったり切られたりをしていた先祖がいるということです。切られたほうより切ったほうが子孫を残している可能性が高いので、まあ、切った先祖がいるとみて間違いないということになります。

とすれば、全員、腹を切るような手術をすることになるのでしょうか?

だいたい、先祖はたくさんいますから、いろいろな現実問題の原因を押しつけることができそうな問題がたいていあります。まして、3,4代前ならともかく、それ以前のことなどわからないことが多いですから、どんな話でも作ることができます。先祖の因縁などといわれていることの大半は、そういう過去の問題(あるいは都合よく作られた問題)から適当なものを選んで原因だと言っているに過ぎません。そういう悪質な霊能者もどきが多いこともきちんと認識しておく必要があります。

ただ、たしかに先祖の問題ということに注目して、身近な先祖や親戚の有り様を調べると、確かに家系による傾向性があり、それが自分にも影響していることは実感としてわかります。そういう意味で、先祖の問題は無視できませんし、先祖の因縁がないなどということには無理があります。

この問題については、検討すべき問題がいろいろありますから、今日のところは省略しますが、あるということは間違いありません。

しかし、縁起という観点からすれば、先祖に要因があっても、それがどういう形で現実の問題になるかは、今生きている自分次第だということになりますから、先祖の問題よりも自分の生き方を重視する必要があります。

直接先祖の因縁に関わるわけではありませんが、わかりやすい例として癌の場合を考えてみましょう。

ある種の癌の主要な要因が遺伝であることはわかっていますが、だからといって、そういう遺伝子を持っている人が全員癌になるわけではありません。生活習慣その他によって免疫力が落ち、癌の増殖を抑えられなくなったときに、癌になるわけです。

これと同じで、いくら先祖の因縁があったところで、自分の生き方がしっかりしたものであれば、結果というのはいくらでも変わりますから、先祖の因縁にびくびくするより、自分の生き方を考えるべきなのです。

ただ、太りやすい体質だとか、癌になりやすい体質というのがあるように、先祖の因縁によってある種の傾向を帯びるということはありますから、それぞれ気をつける必要があることも間違いありませんが。

ともかく、縁起ということを踏まえていれば、過剰に先祖の問題を気にすることはないということであり、例えば宗教団体を見極める上でも、一つの目安になるだろうと思います。

心神(わがたましい)を傷ましむること莫れ。ありがとうございます。

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