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2010-07-26

金光大神(17)

金光大神(16)

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文治は金乃神にすべてをゆだね、その教えのままに生きるという訓練が続きます。この頃には、常に直接お知らせがありますから、繁右衛門のところからは足が遠のくようになっていたようです。

この年(安政5年)の秋には、文治と金乃神の関わりが一段と進みました。麦蒔きのために馬鍬を使う少し前のことです。

9月23日、金乃神が天照皇大神に「天照皇大神(てんしょうこうたいじん)様、戌の年氏子(文治のこと)、私にくださいませ」と言いました。すると、天照皇大神が「はい、あげましょう」と答えたので、文治に向かい、「戌の年(文治のこと)、金(乃)神がその方をもろうたから、金神の一乃弟子にするぞ」と言いました。

ところが、すぐに天照皇大神が「金(乃)神様、戌の年をあげましょうとは申しましたが、差し上げることはできません。戌の年のような氏子は他にありませんから」と伝えてきました。金乃神は「それでも、いったんやろうと言うてから、やらないというのでは偽りになります。ぜひもらいます。惜しいというのであれば、せがれの巳の年(三男の浅吉、幼名は延治郎)が成長しましたら、天照皇大神様のお広前に参詣させますから、どうぞくだされ」と頼みました。

それで天照皇大神も「そのようにおっしゃるのでしたら、あげましょう」と答えたので、金乃神は「くだされれば、安心いたします」と言いました。

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theme : 宗教
genre : 学問・文化・芸術

2010-07-25

更新が不定期になります

ご愛読ありがとうございます。

諸事情により、ブログの更新が不定期になります。これまでのようなペースでの更新は難しくなりますが、今後ともよろしくご愛読のほど、お願い致します。
2010-07-24

「ひきこもり」推定70万人

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内閣府の行った「ひきこもりに関する実態調査」で、若者のひきこもりが全国で約70万人に上るという推計が出たそうです。

「ひきこもり」70万人、予備軍155万人(読売新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100724-00000081-yom-soci


家や自室に閉じこもって外に出ない若者の「ひきこもり」が全国で70万人に上ると推計されることが、内閣府が23日に発表した初めての全国実態調査の結果から分かった。
将来ひきこもりになる可能性のある「ひきこもり親和群」も155万人と推計しており、「今後さらに増える可能性がある」と分析している。
調査は2月18~28日、全国の15~39歳の男女5000人を対象に行われ、3287人(65・7%)から回答を得た。
「普段は家にいるが、自分の趣味に関する用事の時だけ外出する」「普段は家にいるが、近所のコンビニなどには出かける」「自室からは出るが、家からは出ない」「自室からほとんど出ない」状態が6か月以上続いている人をひきこもり群と定義。「家や自室に閉じこもっていて外に出ない人たちの気持ちが分かる」「自分も家や自室に閉じこもりたいと思うことがある」「嫌な出来事があると、外に出たくなくなる」「理由があるなら家や自室に閉じこもるのも仕方がないと思う」の4項目すべてを「はい」と答えたか、3項目を「はい」、1項目を「どちらかといえばはい」と回答した人を、ひきこもり親和群と分類した。
その結果、ひきこもり群は有効回答の1・8%、親和群は同4・0%で、総務省の2009年の人口推計で15~39歳人口は3880万人であることから、ひきこもり群は70万人、親和群は155万人と推計した。
ひきこもり群は男性が66%と多く、年齢別では30歳代が46%を占めた。一方、親和群は女性が63%を占め、10歳代の割合が31%と高かった。
ひきこもりとなったきっかけは、「職場になじめなかった」と「病気」がともに24%で最も多く、「就職活動がうまくいかなかった」が20%で続いた。
(以上引用)

私も学生時代にひきこもりをしましたので、他人事ではありません。今さら再びひきこもりになることはないでしょうが(というか、そんなことをしたら飢え死にしてしまいます)、自分の奥底には今でもそういう気質が残っているなあと実感することがあります。

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theme : 気になったニュース
genre : ニュース

2010-07-23

金光大神(16)

金光大神(15)

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金乃神は、天気を予告して仕事の進め方を指示することもありました。

ある日、金乃神から「今日、この周りの田の稲を刈って、そのまま干せ。雨が降っても刈って、三日間干せ。明日と明後日の二日間で下淵にある田の稲を刈って、その場で脱穀せよ」というお知らせがありました。

その日はどんよりと曇って、今にも雨が降りそうな天気でした。隣の古川参作も鎌を持って出て来ましたが、「これは間違いなく雨が降る。うちは、まあ、やめておこう」と言って、家に帰りました。

ところが、神様のお知らせ通り、三日間は雨が降りませんでした。文治は神様の指示通り、下淵にある田はその場で脱穀し、干しておいた稲は家に取り込んでおきました。

四日目は早朝から大雨で、外の仕事どころではありませんでしたが、文治は家で運び込んでいた稲の脱穀をすることができました。

またある日、田で牛を使っていると雨が降り出しました。それで、どうするかを神様に伺うと、「やめずに使え。本降りではない」というお知らせがありました。それで、そのまま続けたのですが、一日天気が保ちました。

別の日に牛を使っていると、また雨が降り出しました。すると「今日は牛を追うて帰れ。午後も牛を使うことはできない。雨降りじゃ」というお知らせがありました。

文治は言われる通りに家に帰りましたが、本当に大雨になりました。「降るか、降らないか、どうなるだろう」と言っていた人たちは、びしょぬれになって家に帰ったのでした。

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theme : 宗教
genre : 学問・文化・芸術

2010-07-22

金光大神(15)

金光大神(14)

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金乃神による教育は続きます(もちろん、文治は金乃神におかげを受けていると思っていたわけですが、客観的に見れば金乃神による教育です)。

7月の終わりに、近くの村の唐臼(脱穀機)作りの職人に新しい唐臼を作ってもらうよう頼みました。すると、職人は「月が変わったら行ってあげましょう」と言ったのですが、8月になってもなかなか来ませんでした。

8月13日、文治は屋守(現在の倉敷市玉島黒崎)の親類から招かれ、屋守の祭に行くことを神様に願い出ました。すると、「今日は行くな。唐臼の職人が来るぞ」とお知らせがありました。

それで、出かけるのをやめて家で待っていると、午前10時前、本当に唐臼の職人がやってきました。おかげでその日のうちにできあがり、文治は金乃神のおかげを実感してお礼を申しあげました。

9月14日、文治の実弟である香取彦助(かんどり ひこすけ)が久々井(現在の倉敷市玉島阿賀崎)の小幡家へ婿養子に入ることになりました。文治は親代わりとして準備を整え、土産の品も支度して、彦助を伴って小幡家へと向かいました。

14、15日の二日間にわたって祝宴が開かれ、ごちそうが振る舞われました。その時、金乃神からどんぶりに入った酢の物のことでお知らせがありました。

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theme : 宗教
genre : 学問・文化・芸術

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